サンフランシスコで家族と暮らすデジタルプロダクトデザイナーの灰色ハイジさんには、周囲になじめずひきこもりになった中学生時代があります。そして、当時のハイジさんが自分の居場所を見出したのはインターネットの世界でした。その経験がデザイナーとしての今の自分につながったという彼女の半生には、自分らしい居場所づくりのヒントがありました。
ーインターネットを通じて見つけた”私の居場所“
私の故郷は、新潟県の小さな村です。小学生の頃からなんとなく周囲と馴染めないなという感覚はあったのですが、だからといってそれが苦なわけでもありませんでした。漫画が大好きで、ファンタジーの世界に夢中だったんです。小学校を卒業すると、片道一時間半かかる県内の中高一貫の女子校に進学しました。すると、学校は都会的な雰囲気で溢れていて、周りの子たちはブランドの話なんかをしているんですね。村で育った私には、すごくカルチャーギャップでした。初めて触れる世界に戸惑い、数日欠席したらなんだか行きづらくなってしまって。そのまま不登校になり、丸2年半ほどひきこもりの生活が続きました。
そんな私を見かねたのか、ある日、父親が自分の友人の家に私を連れて行き、そこでインターネットというものを見せてくれたんです。ちょうど一般家庭にもネットが普及し始めた2000年頃のことでした。チャットの画面をバンと見せられて「これを使えば、日本全国の人と話せるんだぞ」と。それからまもなくして自宅にもネット回線が通ると、どんどんインターネットの世界にのめり込んでいきました。ネットの中だと趣味の合う人に会える確率が高かったし、彼らと自分の好きな話ができるというのがすごく楽しくて。それに自分のペースでタイピングできるテキスト会話というコミュニケーションにも心地良さを感じました。気づけば日本全国の人とチャットを通じてコミュニケーションを取り、たくさんの友達ができていました。
ひきこもりという一方で、中2の頃にはオフ会に参加するために一人で東京へ出かけるほどのバイタリティを持つ側面も持ちあせていました。ひきこもりとはいえ、一人きりでいたいとか、世間全体から隠れたいということではなかったんですね。村や中学校の中に居場所を見つけることはできなかったけれど、ネットのような全く違うコミュニティに触れたら心地の良い場所と出合うことができたんです。子どもが自分の力で住む場所や環境を変えることは難しいですよね。でも、インターネットの世界では自分が物理的に置かれている場所や環境に依存することなく別のコミュニティにつながることができます。子どもの私にとって、違う世界を見せてくれるインターネットとの出合いはとても大きいものでしたし、高校に入ってまた環境が変わると、学校へも行けるようになりました。
ー14歳の私の “好き”が仕事になるまで
中学生でチャットに熱中する一方で、クリスマスに買ってもらったペンタブレットで絵を描くことも好きでした。描いた絵はネットで公開していたのですが、次第に自分の絵だけではなく、他の人たちからも絵を募集し、イラスト展覧会を企画して運営することも始めていました。今思うと、当時から広い意味でデザインという行為をしていたなと思うのですが、その頃からこういうことを仕事にしたいな、デザイナーっていいなと漠然と思い描いていました。「灰色ハイジ」というハンドルネームをつけたのもこの頃です。新潟の雪って白じゃないんですよ。日本海側の冬は空も地面も全部灰色。だから灰色というのは、私が見ていた景色の色なんです。それでかわいい名前をつけたいなといろいろ組み合わせてみて良かったのが「灰色ハイジ」。14歳のときにつけたその名前を今もずっと使い続けています。
(写真)ハイジさんが住んでいるサンフランシスコの空も、取材日は霧がかっていて灰色に。
高校卒業後は京都造形芸術大学(現 京都芸術大学)に進学し、その後東京でウェブデザイナーとして就職しました。それからいくつかの転職を経て、今はアメリカの会社でブランド&プロダクトデザイナーとしてアプリなどデジタルプロダクトのデザインをしています。アメリカに引っ越したのは結婚がきっかけです。その頃私は日本で転職したばかり、彼はサンフランシスコで働いていたので、自然と遠距離結婚になりました。そもそも日本とアメリカで離れている状態でリレーションシップが始まったので、離れて住むことに抵抗はありませんでした。お互いに好きな仕事ややりたいことをできるのはいいよねという感じで。ところが、1年半ほど経った頃、彼ともう少し一緒にいたいという気持ちが強くなってきたんです。それで移住を決めました。
(写真)2020年に出版されたハイジさんの書籍「デザイナーの英語帳」。日本語版と韓国語版
移住後に娘が生まれ、今は家族3人暮らしになりました。私も夫もリモートワークで自宅を職場にしているのですが、週に1回、子どもをデイケアに預けている間に一緒にランチやお茶をしながらチェックインする時間を作っていて、今週はお互いどんな家事をしたのか、今何が大変でどれぐらい辛いのか、みたいなことをシェアしています。この時間は子どものことではなく、夫婦のことにフォーカスしています。長く一緒にいればいるほど、「こう思ってるんだろうな」とか「言わなくても分かるでしょ」となりがちですが、あえて口に出すことってすごく大事だと思うんです。夫婦関係ってどうしても波があって、良い時もあれば険悪な時もある。でも、私たちにとっては状況や感情をシェアできる関係にしておくことが、夫婦関係を良好に保つ秘訣になっているのだと思います。
子育ては楽しいですが、自分の時間が欲しいと思ったときに仕事の存在は欠かせません。もともと好きなことを仕事にしているので本当に楽しいんです。一方で、最近は趣味が欲しいなと思っていて。育児と仕事の両立がうまくいかないと、心がすさんでしまうことがあるじゃないですか。だから第三の何かがあることで、もしかしたら生活のバランスがより良くなるかもしれないって。どんな趣味でもいいのですが、逆にどんなことを選んでもデザインとつながっていく気がするんです。どこまでいっても最後はデザインのことが頭に浮かぶんですね。中学生でデザインというものに出合い、そこからずっと一筋。最近、もし今の職業じゃなかったら何をするかなと考えてみたのですが、全く想像がつきませんでした。早くから好きなことに出合い、迷いなく突き進んでこれたのはラッキーだったなと思います。紆余曲折の中で自分の居場所を模索し続けたからこそなのかもしれません。
■ 灰色ハイジ / デジタルプロダクトデザイナー
新潟県出身。サンフランシスコ在住。プロダクトスタジオ All Turtles のブランド&プロダクトデザイナー。著書に『デザイナーの英語帳』(ビー・エヌ・エヌ新社)がある。現在、ニュースレター版のデザイナーの英語帳も配信中。
HP: デザイナーの英語帳 (https://eigo.substack.com/)
Instagram: @haiji505
Text&Edit : Nao Katagiri
Interview:cumi