This site has limited support for your browser. We recommend switching to Edge, Chrome, Safari, or Firefox.

初めてご注文で10%オフ。クーポンコード [ WELCOME10 ]

COMMUNITY

パーマカルチャーで実現するハッピーな暮らし/ソーヤー海さん

千葉県いすみ市に暮らし、パーマカルチャーや非暴力コミュニケーション(NVC)、禅などのキーワードを通じて、本質的に豊かな暮らしを実現させるための活動を行っているソーヤー海さん。2016年には「パーマカルチャーと平和道場」として、自然とつながり、自分の手で暮らしをつくるための学びの場を立ち上げました。パーマカルチャーが実現された先には、どんな世界が待っているのでしょうか。前編では、パーマカルチャーとの出合い、そしてソーヤー海さんが描く豊かな世界についてお話していただきました。僕は、コスタリカのジャングルで初めて地球と出合った 東京に生まれ、日本とアメリカを行き来しながら育った僕の人生を大きく変えたのは、9.11だ。それはちょうどカリフォルニア州サンタクルーズの大学に入学する直前の出来事だった。平和だと信じていた日々に、急に戦争というものが身近になってやってきた。と同時に、それまで漠然と思い描いていた、大学でいい成績を取って、いい会社に入って…といった未来図がガラガラと崩れていった。この現実を見ないふりなんてできないし、とにかくなんとかしないと。その一心で、反戦運動に加わった。 でもね、反戦運動って文字通り、反対する運動だからエネルギーがものすごく必要なんだ。圧力はかかるし、対立構造になりやすいからね。ピリピリとした活動を6年ほど続けたけれど、どこかでこれは持続可能じゃないぞと感じていた。そんな中で有機農業や自然農と出合って、そのポジティブなエネルギーに惹かれるようになった。そして、一度先進国を離れて生き方を見直したい、地球がどんな場所なのかちゃんと知りたいと思うようになって、コスタリカのジャングルに移住することに決めたんだ。ジャングルの生活は、ココナッツ、バナナやマンゴーが食べ放題。電気も水道もなくて、自分たちが生きるための食べ物を得ることが中心の日々だ。動物ってさ、みんな自然の中で「ただ食い」しているんだよ。お金を払って食べ物を得ているのは人間だけ。ここでの暮らしを通して、僕は初めて「地球と出合った!」と感じたよ。そして僕は生態系の一部なんだということも。だけど現実は、人間だけが自然と切り離された生き方をしている。人間ってなんだろう、生きるってどういうことだろう。そんなことを考えている時に出合ったのが、パーマカルチャーだった。パーマカルチャーとは、ものすごく簡単に言うと、自然の循環を取り入れて、人が豊かに生きていくための暮らしや社会をデザインすること。 その世界観にどっぷりはまった僕は、ジャングルを出てパーマカルチャーの実践地を訪ね歩いた。ニカラグア、キューバ、グアテマラ。各国のお百姓さんから学んだ後、ワシントン州オーカス島にあるフォレストガーデン「ブロックス・パーマカルチャー・ホームステッド」の研修生として2年間を過ごした。ここでは食べ物、水、エネルギーのことなど、暮らしにまつわることは何でも学ぶことができた。とにかく自由で、創造的で、まるで楽園のよう。なんてったってそこらじゅうに食べ物が実っていて、フルーツが降ってくるような場所だからね。この暮らしを実践できれば、お金に依存することなくみんながハッピーになれるじゃん。This is it. 僕の探していた豊かな世界がそこにあった。パーマカルチャーによって実現する豊かな世界は、決してファンタジーなんかじゃない その頃、日本で3.11が起きた。原発事故があり、僕はこのことにどう応えるのか、自問自答した。僕も電力の恩恵を受けて生きているけれど、だからってこの問題を放置することは嫌だ。そして僕の答えは、権力が集中する都会にこそパーマカルチャーの価値を広げるべきだ、ということ。そうでなければ、この大きな問題を解決することは到底できない。そうして日本に帰国することを決めて、2011年に「東京アーバンパーマカルチャー(TUP)」を立ち上げた。屋上菜園を作ったり、空き地や河川敷に種を撒いたり、ワークショップを開いたり、メディアに取り上げてもらったりして、いい活動はできていたのだけど、だんだんと自分自身が都会のパワーに飲み込まれていくのを感じた。 いつの間にか発信することが活動の中心となっていき、パーマカルチャーを体現した生活からは遠ざかってしまっていたのだ。このままでは僕もピラミッドゲームの一部になってしまう。そうではなくて、僕自身がより健全で、自分らしい暮らしをしながら、日本だからこそできる素晴らしいパーマカルチャーの世界を作っていけばいいんじゃないか。パーマカルチャーによって実現する豊かな世界は、決してファンタジーなんかじゃない。そうやって僕が実践する世界をいろんな人に見に来てもらい、リアリティを体感してもらえたら、その波紋はあちこちに広がっていくだろう。そう考えて、2016年に千葉県いすみ市へ移住を決めた。そして、活動の場となる築150年以上の古民家のある2700坪の土地に出合い、グリーンズの鈴木菜央さんと共に、全ての命が大事にされる社会のための実験と実践の場である「パーマカルチャーと平和道場」を立ち上げた。そして実際に本当に多くの人がここへ訪れてくれるようになったのだ。目指すのは、消費者から創造者になるということ 「ヒューマニティを取り戻そう」というのが、平和道場のミッションのひとつだ。それは、人間の本質に添うような文化や暮らしを取り戻していくということ。目指すのは、消費者から創造者になるということだ。僕らが今生きる世界は、何も考えなければ消費者になっていくシステムになっている。子どもの時から学校でそう教育されているからね。消費者というのは、誰かがつくったものを選ぶしかない上に、その何かを手に入れるにはお金が必要になる。今の社会ではより効率化して、より生産性をあげて、より多くのお金を得ることに価値が見出され ているよね。だけど、人はその価値では幸せにはなれないんだ。いくら生産性が上がろうと余裕が増えることはないし、さらに余裕がなければ豊かな暮らしを味わうことはできないから。これが今の人類が抱えている残念なパラドックスだと思う。比べて、自然の循環というのは、人間が関わっても関わらなかったとしても勝手に生物多様性が生まれ、勝手に再生され、勝手に循環していく。このサイクルをうまく暮らしに取り入れることができれば、余裕のある時間はどんどん増え、心身もどんどん健康になって、本当に自分がやりたいこと――例えば、家族と過ごしたり、世の中に貢献したり、そういうことに費やせるハッピーなエネルギーと時間が増えていく。この暮らしの循環をデザインすることがパーマカルチャーなんだ。僕は誰もが創造者になることができると信じている。みんなそのパワーを持っているのに、それを表現する時間や心の余裕が今はないだけだ。でもさ、とにかくやってみようよ。何から始めてもいい。暮らしを変えて、意識を変えて、やがては社会を変える。誰かが始めれば勝手に広がっていくんだよ。そして循環し、ハッピーが増えていく。それが僕がワクワクする未来の世界なんだ。■ ソーヤー海 / 共生革命家東京アーバンパーマカルチャー創始者。1983年東京生まれ、新潟、ハワイ、大阪、カリフォルニア育ち。カリフォルニア州立大学サンタクルーズ校で心理学専攻、有機農法を実践的に学ぶ。2004年よりサステナビリティーの研究と活動を始め、同大学で「持続可能な生活の教育法」のコースを主催、講師を務める。元東京大学大学院生。国内外でパーマカルチャー、非暴力コミュニケーション、禅/マインドフルネス、ギフトエコノミーなど、さまざまな活動を行っている。いすみ市に「パーマカルチャーと平和道場」を立ち上げ、共生社会のための実験やトレーニングの場として展開している。二児の父。。。。著書 『Urban Permaculture Guide 都会からはじまる新しい生き方のデザイン』、『みんなのちきゅうカタログ』(英語版 Our Earth Our Home) YouTube:TUPチャンネルHP:東京アーバンパーマカルチャー         パーマカルチャーと平和道場 Text&Edit : Nao KatagiriInterview:cumi

# BACKGROUND# COMMUNITY# ORGANIC# SOFTNESS# 自分らしく生きるパーマカルチャー#Sustainable

食でつながるコミュニティーの環/シェ・パニーズ ペイストリーシェフ八尋永理子さん

アメリカ西海岸のバークレーに店を構えるレストラン「Chez Panisse シェ・パニーズ」は1971年のオープン以来、ローカルの生産者が育てた新鮮でサステナブルなオーガニックの野菜や果物をメインに調理し消費者へ届ける「Farm to table農場から食卓へ」という考え方を世界中へ広めてきました。シェパニーズで働いて8年になるというペイストリーシェフ八尋永理子さんのお話からは、食と人、そして人と人が豊かにつながる“やわらかな世界”が見えてきました。 スタッフはシェ・パニーズファミリーとしてお互いに支え合う ―永理子さんはアメリカに長く暮らしていますよね。どんな流れでペイストリーシェフという職に辿り着いたのでしょうか? 「英語ができたら世界中の人と話せていいな」という単純な理由で留学したんです。最初は2年ぐらいで日本へ帰るつもりでいたのですが、気がつけばもう28年。料理人になる前は、和紙のお店で働いたり、製本やアパレルでの仕事をしたりしていました。出産を機に仕事を辞めたのですが、娘がプリスクールに行くタイミングでシェ・パニーズで働いていた友達が声をかけてくれてインターンとして働き始め、実際にキッチンに入ってすぐに「これだ!」と思いました。 ―お菓子作りのどんなところに魅力を感じたのですか? お菓子作りって、工程がすごく細かいですよね。スイーツが大好きで、家でもよく作る…というタイプではないのですが、やってみたら上手にできたんです。元々細かい作業が好きで、手先も器用なので向いているかもしれないなと。それに、お砂糖が足りなかったり、ミックスの順番を間違えたりとその過程が少しでもずれてしまうと良い完成形にならないというところにすごく面白さを感じました。そのサイエンスな感じが自分に合うんですよね。シェ・パニーズでは毎日旬の果物をメインにデザートを決めるので、季節ごとにレシピを考えるのも楽しくて好きです。 ―これほど有名なレストランでありながら、未経験でもチャレンジさせてもらえる環境があるということに驚きました。  もちろん料理学校を卒業した熟練のシェフもいますが、私のようにお菓子作りに興味があるとか、とにかく世界中から様々なバックグラウンドの人が集まってきているんです。きっちりとしたルールはないけれど、やりたいことやパッションを持っている人を受け入れてサポートする体制が整っていて。10代から60代までと幅広い年齢のスタッフがいますが、みんなアリス(※)のフィロソフィーに寄り添っていて、価値観や目標が近いので年齢関係なく共感しあえる。だから仲が良いんですよね。シェ・パニーズではスタッフミールの時間がとても大切にされています。座ってあれこれ話しながら食べる時間をみんなが楽しんでいるので、アリスはスタッフにその時間を大事にし続けてほしいと願っているんです。 ※シェ・パニーズの創始者・オーナーであるアリス・ウォータース。オーガニック、スローフード、地産地消、食育の大切さなどを提唱する食の革命家。 (写真)スタッフの休憩用にと設けられた居心地の良いスペース ―今日永理子さんにレストランやオフィスを案内していただいて、働いている人たちがすごくお互いを尊重し合っているなという印象を受けました。  ここでは、一度働いたらファミリーの一員という考え方があります。メンバーや家族として、人としてすごく大切にしてくれるんです。例えば、病気になって暫くの間仕事ができなくなってしまったスタッフがいたら、その人のためにファンドレイズ(※)しようとか、そうやってお互いを気遣うということがごく普通のこととしてありますね。 ※活動を支える資金を募ること (写真)オフィスの入り口に飾られたシェ・パニーズファミリーの写真 (写真)レストラン2階から見える景色 シェフはファーマーとその作物を惹き立たせるためのヘルパーのような存在  ―パンデミックのときには、いち早くテイクアウトを始めて、専属ファーマーたちの暮らしを守っていましたね。 パンデミックになってアリスが一番気にしたのはファーマーたちのことでした。レストランが開かないということは、彼らの収入もゼロになってしまうということ。それで彼らの収入源を絶たないために始めたのがテイクアウトと野菜や果物の詰め合わせボックスの販売です。ボックスは何が入っていても一箱あたりの価格は一定にして、ファームの収入が安定するようにしました。シェ・パニーズは、ファーマーたちがいてこそ成り立っている。そのことはスタッフの共通認識として強くあるので、生産者とのつながりはものすごく深いものがあります。 ―レストランで提供される料理からも、ファームへのリスペクトをすごく感じます。 私たちシェフはファームから届いたその日の食材を見てメニューを考えます。いかに食材に手を加えず、どう味を引き出そうか。この食材はどう調理すると一番おいしい形でお客さんに出せるのか。それは私たちの永遠のテーマでもあります。 ―シンプルな料理だからこそ、素材そのものの味を楽しむことができて、さらにシェフたちが出し合ったアイディアが引き立っているんですね。  フレンチを基本としていますが、素材にたくさん手を加える料理はほとんどないですね。カリフォルニアの食材はそのものの味がすごく良くて、そのまま食べれるほど美味しいんです。一方、シンプルな料理だからこそ、素材選びには命をかけています。それはシェ・パニーズに入って誰もが一番初めに習うことです。例えばイチゴが100個ある中で、おいしいものをひたすら選ぶというような仕事であるとか。でもそれを続けているとだんだん食材から語りかけてくるようになるんです。 ―オーガニック野菜を使ったシンプルな料理や、地産地消の考え方がこのエリアに強く根付いているのを見ると、シェ・パニーズがこれまで地域で実践してきたことの大きさを感じます。 お客さんから料理について「これどうやって作るの?」とか「この食材はどこの?」なんて聞かれることもあるのですが、シェ・パニーズはすごくオープンなので、「塩茹でしただけだよ」とか、「そこのファーマーズマーケットで買えるよ」とか気軽に答えるんですね。そうすると次に来てくれたときに「あれ、やってみたよ」と教えてくれたりして、レストランでの体験が家庭の料理や地域の生産者に還元されていることを実感できて嬉しくなります。また、近隣の人が収穫された野菜などを私たちが料理にして「これはあなたが持ってきてくれたレモンで作ったタルトよ」みたいなこともよくあって、本当にいいコミュニティだなと思います。 大好きな人たちと、美味しい食べ物を囲んで、楽しい時間を過ごすことが幸せ ―永理子さんは家ではどんな料理を作るのですか?...

# COMMUNITY# ORGANIC# SOFTNESS

この地球で持続可能な暮らしをしたい ーパーマカルチャーが僕らに教えてくれたことー Nobu(木多伸明)

岡山県で持続可能な暮らしを営んでいるノブさん、ケイさん、3歳のテラくん一家。電気は太陽光発電、ガスは引かずに自家製の炭と薪で調理、雨水をろ過して飲み水を作り、お風呂は薪で沸かし、自宅の敷地にある畑では家族が食べるに十分な野菜を育てています。彼らが実践するパーマカルチャーとは、パーマネント(永続性)、アグリカルチャー(農業)、カルチャー(文化)を組み合わせた、人と自然が共存する持続可能な社会をつくるためのデザイン手法のこと。2023年4月に公開されたばかりの映画「TERRA 〜ぼくらと地球のくらし方〜 」は、ノブさん一家が国内外のパーマカルチャー実践者を訪ねた軌跡を自ら記録したものです。パーマカルチャーの基本倫理は、アースケア(地球に配慮する)、ピープルケア(人に配慮する)、そしてフェアシェア(みんなで分かち合う)。その暮らしの先には、循環する豊かな世界が見えてきました。 ー消費者から生産者へ。人生が変わるほどに魅了されたパーマカルチャーの世界 以下語り手 Nobu:ニュージーランドの北端から南端まで3000km続くトレイル “Te Araroa(テ・アラロア)” をハネムーンとして5ヶ月かけてケイと2人で歩いたのは2017年のこと。その後、ケイはニュージーランドに残り、僕は昔から憧れていたアメリカのトレイル “PCT(パシフィック・クレスト・トレイル)” へ。そして4200kmの道のりを1人で歩いていた時、ケイから「共生革命家のソーヤー海くんの “人生が変わるパーマカルチャーツアー”が近くで開催されるから歩き終わったら参加してみたら?」と連絡がきた。そもそもは彼女が行きたがっていたのだけど叶わないので、代わりに僕へ勧めたのだ。ツアーは、西海岸のパーマカルチャーの聖地と呼ばれる場所を2週間ほどかけて巡るもの。その時は正直あまり興味はなかったけれど、せっかくアメリカにいるのだから、と軽い気持ちで参加することにした。 まず訪れたのは、40年以上パーマカルチャーを実践しているワシントン州のブロックス・パーマカルチャー・ホームステッドだ。ちょうど実りの時期ということもあって、食べ物がそこら中になっていて、ナッツや薬草は生い茂り、果樹からは取りきれない実がボトボトと落ちていた。溢れんばかりの収穫物は乾燥させたり、瓶詰めにしたり、ジャムにしたりと、何でも保存食にするらしいが、それでも食べきれないという。だけど、例え欲しいという人がいても余っているフルーツは売らないと聞いて驚いた。収穫された果物を買う人はただの“消費者”にしかなりえないからだ。彼らはナーサリー(育苗園)を営んでいて、そこでは世界中の様々な種類の苗を購入することができる。苗を買い育てれば、“生産者”になることができるというのが彼らの考え。その視点に感銘を受けたし、目の前に広がる楽園のような世界を見て、「僕もこれをやりたい」と強く思った。  (動画)ブロックス・パーマカルチャー・ホームステッドで撮影されたツアー動画 ートライアンドエラーを繰り返して学んでいく開拓の日々 それまでの僕は東京に住んで、映像カメラマンとして仕事をしていた。2018年に日本へ帰ってくると、パーマカルチャーを実践するために僕らは東京を離れることにした。ケイも旅の中で循環する暮らしを営む人たちと過ごすことで、場を育みたいという気持ちが強くなっていたようだ。移住先はいくつか検討したけれど、岡山で僕の祖父母が住んでいた家が空き家になっていて、手っ取り早く始められそうだったのでここに決めた。家の前には畑があって、周囲は少し小高い丘になり雑木林に囲まれている。長年放置されたままだった土地は藪化し、竹林は暴走していた。そこからはひたすら開拓の日々。僕は子どもの頃からモノを作ることが好きだ。今も基本的に何でも自分で作るが、大体は一度失敗する。僕にはこういう暮らしの経験がないから、全てトライアンドエラーで学びながらやっていくしかない。  (写真)↑ 藪化していた頃の様子。↓現在の様子。 現代の暮らしでは自然と人間は完全に分離されていて、例えばトイレで流したものがどこへ行くのか疑問に持つ人は少ない。そういう感覚的なものが失われた暮らしに、それってどうなっているの?とか、それっておかしくない?とか、考えるきっかけを与えてくれるのがパーマカルチャーなのだと思う。汚水をきれいにしてくれるプロダクトを購入するのではなくて、その仕組みをどうやって作ろうかと考える。そして理論を実践していく。その小さな実践の積み重ねが、自然界と人間のつながりを取り戻してくれるのだ。 (写真)温室とお風呂を兼ね備えるジオデシックドーム (写真)伐採された竹で囲われたコンポストトイレ そもそも、パーマカルチャーを取り入れることは決して難しいことではない。コンポストでも、ベランダ菜園でも、できることから始めればいい。もちろん苦労はそれぞれにあるけれど、それ以上に得られるものは大きいし、実際に僕らの暮らしの豊かさはどんどん上がっている。果樹も少しずつ実りが出てきたし、僕たちの暮らしを見にくる人たちも増えてきて、僕が西海岸で受けた影響を今度は僕が人に与えられるようになってきた。僕は今、西海岸で見たあの憧れの暮らしがここ岡山でできつつあることを実感している。 (写真) 屋根の上に備えつけたタンクに、ポンプで井戸水を引き上げてシャワーが出る仕組み。 ーこの映画が、その土地のパーマカルチャーに興味のある人と実践者とをつなぐきっかけになったら 僕らのように田舎でパーマカルチャー的な豊かな暮らしを実現していたとしても、気候変動やエネルギーなどの大きい問題からは逃げることはできない、というのもこの暮らしを始めて気づいたことの一つだ。いくら目の前の風景を豊かにすることができても、僕らだけでは気候変動をどうにかすることはできない。僕が生きている間には大事にはならないかもしれないけれど、じゃあテラは?他の子どもたちはどうなる? 彼らの未来を守るために、今何かアクションを起こすべきなんじゃないかと考えていた。 そんな中、ソーヤ海くんがパーマカルチャーのことを僕に映像化してほしいと考えているという話を聞いた。僕は宅地と畑の開拓に追われてそれどころじゃなかったけれど、ちょうどテラが産まれた後でどうもケイは旅に出たそうだった。初めての子育て、さらに移住とコロナが重なり、外とのつながりが少なかったこともあって、ここでの生活に少し息苦しさを感じていたのかもしれない。それに、パーマカルチャーをより多くの人が実践してくれたら世の中を変えることができるかもしれないという思いもあった。  (写真)烏骨鶏を愛でる子どもたち ケイはDIYで作ったソーラークッカーでよくクッキーを焼いてくれるのだけど、天気がいいとテラは「今日はクッキー焼けるかなー」と言う。3歳ながら、太陽があればクッキーが焼けるんだということを彼はナチュラルに知っているのだ。もし世界中の子どもが同じように言い出したら、将来エネルギー問題は解決できるんじゃないだろうか。 この暮らしを映画にして、この世界をもっと多くの人に知ってもらいたい。ここの開拓作業を止めてしまうことはとても苦しい決断ではあったけど、やっぱりドキュメンタリー映画を撮ろうと決心した。そして家族3人でアメリカと日本各地のパーマカルチャーの実践者を巡る旅が始まった。 (写真)ソーラークッカーでクッキーが焼く様子。そしてそれをじっと待つテラくん。  (写真)電気は太陽光発電のみのオフグリッド。各小屋にソーラーパネルとパッテリーを設置して電気を賄っている。 僕らが知っている人たちを取材するうちに輪が広がっていき、終わってみれば訪ねた場所は40ヶ所以上にも及ぶ。心配だった編集に関しては、支援してくれる人たちと少しずつ進めて完成することができた。この映画は、各地のパーマカルチャーデザイナーや実践者をハブとして自主上映会を開いてほしいと考えている。映画がきっかけとなって、これまでなんとなくパーマカルチャーやこういう暮らしに興味がある人がその土地の実践者とつながることが何より大事だと思うから。話を聞いて現場を見てみたり、実際に始めたいというときにはデザイナーが助けになってくれるだろう。パーマカルチャーでつくるそれぞれの小さな世界は豊かにしかなっていかない。だから、みんな始めようよ。始めなきゃここにはたどり着けないから。  (動画)映画「TERRA...

# ORGANIC# SOFTNESS# 自分らしく生きるパーマカルチャー

自分らしく美しく ―からだの中から整える― 新井佑佳さん

自分らしく生きている人を見ると、「美しい」と感じることがあります。美しさの定義は人それぞれに自由であるものですが、“自分らしさ” とはなにかを知ったとき、自分の求める美しさに近づくことができるのかもしれません。セラピスト暦15年目を迎え、食の分野などにも活動の幅を広げられている新井佑佳さんの場合は、身体の内側を整えることがそのきっかけになったと言います。 ―自身の身体の不調から、内側を整えることの大切さを知りました 本田:新井さんは現在、都内でオーガニックサロン「ayuca organic salon」を営んでいらっしゃいますが、どのような想いがあってこのお仕事を選ばれたのですか? 新井:子どもの頃から、美容の仕事についている人は年齢に関係なくずっと美しいと思っていて、その美しさにずっと憧れていたんです。私が通っていた美容学校は、トータルビューティーを学ぶことのできる割と珍しい短期大学。ヘアカットやメイクの授業はもちろん、健康美や精神美、花道や茶道、フィットネスに心理学と幅広い分野に触れる機会がありました。そこで内側まで美しくするセラピストという職業を知ったんです。 本田:当時は身体の外側へのアプローチを目的としたサロンの方が目立っていたような記憶があるのですが、最近では身体の内側、心のケアができる場所も多いですよね。それは世間の関心が身体を中から整えることにも向けられるようになってきたからなのでしょうか? 新井:そうですね。自分がこの仕事に就いているからかもしれませんが、セラピストという言葉を当たり前に聞くようになった実感があります。リラクゼーションサロンの数も増えてきたので、外側だけでなく内側に癒しを求める人が増えているのかなと思いますね。 本田:少し前までは精神的な部分をオープンにすることに対して、ためらいを感じる方も多かったように思うんです。でも今は、いろいろな方法で自分の内側の部分をケアするみたいなことが一般的になりつつありますよね。 新井:私も元々溜め込みやすいタイプで、身体に不調があらわれてしまうことがありました。自律神経が乱れたり、円形脱毛症になったり。一番辛かったのは顔面麻痺になってしまい、薬の副作用で肌もボロボロになってしまったこと。その時に、いくら外側を美しく整えても、身体が元気で健康じゃないと、全部がダメになってしまうんだなと感じたんです。 本田:ご自身の経験が今に大きく関わっているのですね。新井さんはセラピストとして実際にお客様をケアされる時、どのようなことを大切にしていらっしゃいますか? 新井:マッサージに行った時、逆にすごく疲れて帰ってくることってありませんか? 癒しの空間すぎて陰の世界に気持ちが持っていかれてしまうというか。自分のサロンに来ていただいたお客さまには癒しを感じてほしいのはもちろんですが、また頑張ろうと元気になったり、幸せな気分になったり、いい気持ちで帰ってほしいと思っています。サロンの空間を楽しんで欲しいし、特別な空間だと思ってもらいたいので、おもてなしをするように施術することを心がけていますね。 本田:自分にフィットしたサロンかどうかということは重要ですよね。そういった場所や人に出会うことで感じ方や見える景色も変わると思います。自分自身が精神的に癒されると、周りに優しくなれたりも。 新井:そうですね。うちのサロンにはお子さんがいらっしゃるお客さまも多く、子育ても仕事もしていると、みなさんご自身の時間がなくてかなり疲れが溜まっているんです。そんな中サロンに来てくださって、施術を受けると心に余裕が生まれてハッピーになる。家に帰った時に家族にもやさしくなれるから、旦那さんも「行ってよかったね!また行ってきなよ」と言ってくれるみたいで。そういったお話を聞かせてもらうことも多く、とても嬉しく思います。 ―心が求める楽しい方へ向かっていくことが、美しさに繋がっていく 本田:新井さんは畑仕事もされていますよね。そのお話も伺いたいです。新井:以前、体調を崩しやすかった時に2年ほどマクロビオティックを学んでいた時期があって。マクロビ食を取り入れてみたところ、体調だけでなく精神的にもとても安定して驚いたんです。そこから「身土不二(しんどふじ)」とか「一物全体」っていうことばが自分の中でスッと腑に落ちて。私は群馬県の神流町(かんなまち)という、山に囲まれた町で生まれ育ったんですが、地元で父のはじめた畑を手伝うようになったんです。水と緑に恵まれた場所で一から無農薬で作って、野菜や果物の成長する過程を見て学びを受ける。続けていくうちに野菜への愛が膨らんで、月に一度は必ず帰って畑に触れています。 本田:そういった経験を通して、サロンでのお仕事に活かされていることも多いのではないでしょうか。 新井:その通りなんです。自宅ではこういう食事をとった方がいいですよということがアドバイスできるようになったのは大きいですね。より多くの人に食事の大切さや楽しさを広めたくて、田舎暮らしを体験する地元のツアーや料理教室、食に関するセミナーも開催するようになりました。 本田:サロンでは、経営から接客まですべて新井さんお一人でされているのですよね。ご自身のペースで働ける環境があるからこそ、そういった活動にも精力的に取り組めるというところがあるのでしょうか。 新井:そうですね。昨年地元のツアーを開催したときに、自分がやりたかったことが徐々に形になってきていると実感できました。勤めていたころは「次は何時にお客さまが来ちゃう!」とか「施術の時間はオーバーしちゃダメ!」など時間と周りを気にしてしまうところがありましたが、独立して一人で働くようになってからはそういった焦りがなく、お客様一人ひとりにゆっくり寄り添うことができるようになった気がします。お客様が満足して帰ってくれることが一番なので、今の環境やペースは自分に合っているなと感じています。 本田:新井さんのインスタグラムには、おすすめの調味料やおいしそうな料理の数々が並んでいて、とても興味深く拝見しています。サロンでの施術だけでなく「食」に関することも含めてホリスティックにお客さまをケアしていく方向になっていっていますよね。今後はどのようなバランスで活動されていかれるのでしょうか? 新井:基本はセラピストという軸はぶれないようにしたいと思っていますが、色々と挑戦はしていきたいですね。昨年開催した田舎暮らし体験ツアーを通して、地元での活動が仕事につながることが実感できたので、今後はもうちょっと畑に関わる活動も広げていけたらと考えています。東京のカフェに野菜を卸すとか、都内で野菜を販売するとか。そしていずれは地元の群馬と東京でデュアルライフができたらいいなと思っています。 本田:心の声に素直であることは自分をケアすることでもありますよね。そういったことが、自分の「らしさ」や「美しさ」に通じていくのかもしれませんね。 新井:たくさんの情報が溢れている中で、いろいろと試しながら「自分が一番心地良いと思うこと」を選びとっていくことも大切だと思っています。そういったことを積み重ねながら、自分らしさを磨いていくことが一番美しく輝ける秘訣なのかもしれません。これからも内側の幸せや “楽しい、嬉しい” にフォーカスしながら、お客さまや自分も含め、みんなの美しさにつなげていきたいですね。 ■ 新井佑佳 /...

# HEALTH# ORGANIC# 自分らしく生きる

直感に従ってハーブを自由に愉しむ ー国際女性デーを祝して「女性性」を愉しむハーブティーをプレゼント&ブレンドレシピ公開ー

3月8日の「国際女性デー」は、女性の権利を守り、ジェンダー平等を目指すために1975年に国連が定めた記念日です。シシフィーユでは国際女性デーを祝し、SISIFILLEオンラインストアでお買い物いただいた先着50名様に、コミュニティハーバリストPai Miyuki Hiraiさん監修のオーガニックハーブティーをプレゼントします。  「女性デーといっても、性別としての“女性”だけを対象にするものではないと思う」と語るのは、サンフランシスコに暮らすPaiさん。女性たちに感謝の気持ちを表すのと同時に、性の多様性にも目を向ける日だと捉えているのです。「性はグラデーション」と言われるように、性のあり方は人それぞれに違うもの。また、誰しもが男性性、女性性の両方を持ち合わせていて、人を「男だから、女だから」というようなステレオタイプに当てはめることにも無理があります。 「自分の子どもを見ていると、私たちの子どもの頃と違ってジェンダーをニュートラルに捉えていると思う」と言うPaiさん。次世代の子どもたちへジェンダーギャップのない未来を渡すために、わたしたちができることはなんだろう。国際女性デーとは、そんな問いに想いを巡らす日でもあるのかもしれません。 「女性性」をイメージしたPaiさんのハーブティーPaiさんからのメッセージ ーハーブティーに込めた想いー “風の時代”が到来して、女性性のエネルギーが強くなるなんて聞くけれど、家父長制的なシステムは本当に終わりを迎えると思っています。特に日本では、女の人が前へ出たり、自由奔放でいることを嫌う風潮がまだ残っているように感じますが、これからはもっと女性がリードしていく時代。女性性のエネルギーが高まることで、世の中は大きく変わっていくと思うんです。 今回はそんな願いを込め、「女性性」をイメージして精神的にも視覚的にもリラックスできるハーブをセレクトしました。また、手に入れやすいハーブで誰もが再現できるレシピなので、植物の存在を身近に感じるきっかけとしても楽しんでいただけたら嬉しいです。 ーブレンドレシピー -ホーリーバジルヒンドゥー教では女神ラクシュミーの化身とされ、聖なる植物として崇められている。抗菌作用があり、エイジングケアや、免疫機能と新陳代謝の向上に。 -ローズ女性と関わりの深い植物のひとつ。ホルモンバランスを整えてくれるので、PMSや更年期障害など、生殖器系に関わる不調に。抗炎症、鎮静作用がある。 -カレンデュラ代表的な万能薬。月経不順に対する薬として昔から重宝されている。成分のひとつであるフィトステロールは女性ホルモンに良く働きかける作用がある。また免疫を高めてくれるので、風邪の予防にも良い。  -レモングラス疲れた心を癒し、気分をリフレッシュしてくれる。抗菌作用があり、また消化を促進してくれるので胃腸のもたれにも効果的。 -ミント清涼感のある香りで、リラックスさせてくれる。ミネラルが豊富。胃腸の調子を整えてくれる。 ー飲み方ー マグカップで飲みやすいようにティーバッグタイプにしています。あたたかいお湯でも、水出しでも。水出しにするとハーブのエキスがゆっくりと抽出され、まろやかな味わいを楽しむことができます。お湯 or 水の量を調整してお好みの濃度でお召し上がりください。  ※アレルギーをお持ちの方はブレンドしているハーブにご注意ください。※妊娠中・授乳中・お薬を服用中の方は事前にお医者さまにご相談の上お召し上がりください。 (写真)Paiさんが暮らすサンフランシスコベイエリアのコミュニティーガーデン。収穫されたハーブや野菜がドネーション制でシェアされている。 “Herbal medicine for all”「ハーバルメディスンはみんなのもの」 Pai Miyuki Hirai / コミュニティーハーバリスト...

# COMMUNITY# ORGANIC

つながる場所があるということが支えになる / マアル代表 櫻木直美

 広島でオーガニックコットンの肌着を展開する「marru(マアル)」。「まあるくつながろう」という願いが込められた名前の通り、ブランドの、そして櫻木さんの想いに心を寄せる人たちがやさしくつながり合いながら営みを続けてきました。「マアルさんの拡がりこそがコミュニティそのものだと思う」と語るシシフィーユ・ブランドコミュニケーターの本田が、マアルを紡いできた想い、そしてコミュニティについて、代表の櫻木直美さんに話を聞きました。 ―母と娘、アトピー性皮膚炎の発症からすべてが始まった 本田:マアルさんは、立ち上げ当時から私たちのプロダクトを取り扱ってくださっていて、長年に渡ってシシフィーユを見守ってくれています。そもそも櫻木さんがマアルを始めるきっかけは何だったのですか?  櫻木:長女が赤ちゃんの時、重度のアトピー性皮膚炎を発症したんです。その数年後、なんと30歳を過ぎて私もアトピーになってしまって…。治したいという気持ち一心で衣食を見直す中、黄砂や花粉などの環境的な要因にも身体が反応していることに気がつきました。では、なぜ黄砂が飛んでくるのかと調べてみると、森林減少や土地の砂漠化といった人為的な影響があることが分かったんです。つまり、地球への配慮が欠けた私たちの行動が、結果的にアレルギーで苦しむ人たちを生んでいる。これって、因果応報ですよね。でも、子どもたちには何の責任もないじゃないですか。素直に申し訳ないなと思いました。 本田:環境問題だけでなく、食べものや流通の仕組み、自然療法などに関心を持ったのもこの頃ですか?  櫻木:そうですね。アトピーがきっかけとなって、暮らしの根本を見直そうといろんなことに興味が広がっていき、次の世代に負荷がかからない生き方をしたいという思いで友人と始めたのが「エコママン」です。周りのママ友に布ナプキンを配ったり、マイ箸袋を作ってフリマで販売をしたりということをしていました。趣味の延長のような活動でしたが、徐々に忙しくなってきたこともあり仕事にすることにしたんです。それが「マアル」の始まりです。 (写真)マアルの実店舗「素 sou」 ―どうしたって、マアルを続けたくって仕方なかったそれほどまでに何かをしたいと思ったことは人生で初めてのことでした 櫻木:個人事業としてマアルを開業したものの、利益はほとんどなく、数年は自転車操業でした。実はマアルを立ち上げて一年後に離婚をしたんですよ。子どもをふたり抱えているし、周囲は当然就職先を探すだろうと思ったようですが、私には全くそのイメージが湧かなかった。どうしたって、マアルを続けたくて仕方なかったんですね。それほどまでに何かをしたいと思ったのは人生で初めてのことでした。心配する両親には「三年後に食べていけるようになっていなかったら諦めるから」と伝え、実際にちょうど三年ほど経った頃になんとか法人化することができたんです。 本田:立ち上げ当初からある体を締め付けないマアルのオリジナルショーツは今では看板商品となっていますが、当時はまだ目新しいものでしたよね。なぜショーツをつくろうと思ったのですか?  櫻木:私はかゆみ対策として蒸れないショーツがほしかったし、足の浮腫みに悩んでいたママ友は、ふんどしパンツという締め付けのないものを履くとすごく楽になると言っていて。そういう鼠蹊部やお腹周りを締め付けないパンツがほしいねということでつくったのが、新月ショーツと満月パンツでした。 (写真)マアルの代表的アイテム「新月ショーツ」 本田:マアルさんのオリジナルプロダクトは、糸に至るまで全て厳選されたオーガニックコットンでつくられているのも特徴ですね。 櫻木:そうなんです。アトピーになって衣類は綿素材のものを選ぶようになりましたが、一口に綿といってもかゆみがでるものがあれば、でないものもあるんです。たとえオーガニックのコットンであっても、生産の過程で化学薬品を使うことがあって、それがかゆみの原因となってしまうことがあるんですね。たくさんの生地を試す中で出合ったのが、製造過程で有害な化学物質を使用していないオーガニックコットンでした。 本田:櫻木さんご自身の体験や身近な方の声が、気持ちのいいショーツの形や素材選びにつながっているのですね。 櫻木:そうですね。また、気持ちいいパンツであるためには、フェアトレードのコットンであることも大切な要素だと考えています。子どもたちに産地やその背景について聞かれた時に、胸を張って説明できるものでありたい。心地いい生地、心地いい肌着を選ぶことは、原材料を栽培する人々の暮らしともつながっていると思うんです。 (写真)マアルのオリジナル布ナプキン ―そこには心が通う人たちがいるということそういう存在があると知っているだけで支えになる  本田:マアルさんは、プロダクトだけでなく、人とのつながりが豊かですよね。エコママンでのママたちのコミュニティがマアルにつながり、今もマアルが人と人をつないで拡がっていて。 櫻木:下着を使う人、原料を育てる人、生地を作る人、販売する人…、いろんな人たちの輪の中にマアルはあると考えています。創業から13年が経ちますが、つながっているという実感が伴っていて、マアルという名前にして本当に良かったと思っています。 本田:私生活で落ち込む時期があっても、ずっとマアルに没頭することができたのはその実感があったからなのでしょうか? 櫻木:その通りだと思います。私はエコママンの時からずっとメルマガを配信しているのですが、たくさんの反応をいただくんですね。私のメルマガは想いが溢れすぎていて少々暑苦しいのですが(笑)、それを受け取ってくださる人たちがいる。お店ではお客さまからリアルなお声をいただきますし、ネットショップでは納品書に書くメッセージに対して、メールでお返事が返ってくることもあります。ネット上のつながりは希薄と言われることもありますが、全くそんなことはない。更年期に突入している同世代の方と励まし合ったり、ママ同士で共感し合ったり、お客さんであってもそういう関係性ができていることはすごくありがたいですよね。だからこそ、今まで続けてこられたんだろうなと思います。  本田:そのつながりこそが「コミュニティ」ですよね。コミュニティって、一方的な押しつけじゃないというのがいいなと思うんです。売り手、買い手の関係を超えて、共通の価値観でつながることができる。対等になれるんですよね。肌や生理の悩みを持つ人がマアルさんのプロダクトを手にし、その魅力をまた別の人に伝えて、とじわじわとコミュニティの輪が拡がっていく。悩みや想いを共有できるからこそ、強いつながりが生まれるのでしょうね。 櫻木:マアルを始める前、子育ての価値観が近しい人を身近に見つけるのが難しかったんですが、天然のものを大事にしていたり、自然に沿った子育てをしているママたちのコミュニティがあって、そこへ行くとすごく気持ちが楽になりました。離婚やアトピーに苦しんだ時は周りの人たちに支えられたし、共に支え合えるという関係性が楽しかったんです。私はひとりでいることも好きなタイプなので、いつもそこにいたいというわけではないのですが、ふと気が向いて行くとそこには心が通う人たちがいるということ。そういう存在があると知っているだけで支えになるんですよね。 本田:よく分かります。そのコミュニティの存在があるからこそ、ひとりを楽しむことができる。私もひとりでいることも集うことも好きですが、その心地よいバランスはみんなそれぞれ違うものですよね。リアルな場でもオンラインでも自分のタイミングでふらっと立ち寄る場所があることはすごくありがたいことだなと思います。  櫻木:そうですよね。今、月に一度助産師さんに来ていただいて、「添うの場」という無料個人相談会をやっているのですが、これが最高なんですよ。妊娠、出産のことに限らず、更年期や不正出血などどんな悩みを話してもいいし、どんな世代でもウェルカムな場所。みんなとシェアしたい映画を上映する「マアルシネマ」もそうですが、これからもそういう場所作りを続けていきたいなと思っています。滞在型でリトリートできるような場所をつくれたらいいな、とぼんやり想像してみたり。私、女の人たちがリラックスして楽しそうにしているのを見ることが大好きなんです。みんながほぐれて、元気でいる姿をずっと見ていきたいですね。  ■ 櫻木直美 / マアル代表取締役...

# COMMUNITY# FAIRTRADE# ORGANIC# ORGANIC COTTON# PERIOD# フェムテック

エネルギー溢れるシャスタの地で得た芯ある心地よい生き方 / 岡本あづささん

古くからネイティブアメリカンの聖地として大切にされてきた、北カリフォルニアにあるマウントシャスタ。その麓に暮らす大切なパートナーであるジュディとリチャードとの運命的な出会いをきっかけに、Mount Shasta Apothecaryをはじめることになった岡本あづささん。シャスタでの出会い、体験、そしてパートナーとの関係性には、健やかな生き方をするためのヒントがたくさんあり、ホリスティックな健康を手に入れる大きな学びが存在しました。 ―シャスタと不思議な人々との出会い 2012年当時、主人の仕事の都合でサンノゼに住んでおり、知人から北に自然豊かなマウントシャスタという場所がある事を教えてもらいました。アウトドア好きの私たち家族は、折角サンノゼにいるのだからシャスタへキャンプをしに行こう!となったのがシャスタの地と出会うきっかけでした。それにあたりシャスタのキャンプ場を検索していたのですが、英語が得意ではない私はサイトに載っている写真を見て場所を選んでいました。その中で、ネイティブアメリカンの住居『ティピ』が集っている写真を掲載しているサイトを見つけ、「面白そう!このキャンプ場ではティピにも泊まれるんだ。」と思い、宿泊したい旨をメールしました。そのキャンプ場は住所がないような荒野のかなり奥地にあり、途中でキャンプ場関係者だろうと思われる、おじさんとおばさんに迎えに来てもらい、ようやく辿り着けるような場所でした。しかし、いざキャンプ場についたら他に誰もお客さんがいなくて……。あれ?今日は貸切なのかな?なんて思っていたら、実はそこはキャンプ場ではなくただの民家だったんです! 迎えに来てくれたおじさんとおばさんは、そこの住人のリチャードとジュディでした。彼らは元々ネイティブアメリカンと交流があり、プライベートエリアでネイティブアメリカンの儀式などをしていたので、そのためにティピがあったのです。私はここが民家だと気づくまで、何かおかしいぞ?という感覚だったのですが、リチャードとジュディは初めから何とも思っていない様子で夕食も振る舞ってくれ、「来るのは分かっていたよ。」と不思議な事を言っていました。 ―シャスタのエネルギーをもつプロダクトを守りたい ジュディはハーブや野菜を育てており、それらでエッシェンシャルオイルやハーブティーなどのプロダクトを作っていました。彼女は滞在中に「これはあなたに必要な野菜よ。」「これはあなたのために育てたハーブよ。」と、初めて会う私におかしな事を言って料理を勧めてくるんです。実際に彼女が作ったハーブティーや野菜を食べてみると、ものすごい衝撃を受けました。今まで口にしたものとは別次元のパンチ力があり、パワフルなエネルギーを身体が吸収するのを感じました。驚いて「これはどうゆう風に作っているの!?」と聞きくと、ジュディは自身の事とプロダクトの事を教えてくれました。彼女はマスターハーバリスト資格、大学院で西洋医学の国家資格を取得していました。しかし彼女の知識のベースは、ネイティブアメリカンのメディスンマンにフィールド上で叩き込まれた薬草学でした。彼女は現代の医学知識と、伝統的な薬草学の2つを合わせてエネルギーあるプロダクトを作っていたのです。  彼女は自身のプロダクトをもっと多くの人の役に立てたいとは思っていました。しかし、住所もなく生活システムも自分達で作る環境に住んでいる彼女は、今の時代にフィットするインターネットなどの知識は持ち合わせておらず、プロダクトを広める手立てが分からずにいました。また、ネイティブアメリカンの薬草学は、伝統的に書物や書類のような形で残すものではなく口承で後世に伝えていくものらしく、彼女が作り上げたプロダクトを残すには、誰かが口伝えしなくてはならない事も話してくれました。「今はインターネットでものを買う時代。だけど自分はそのやり方を習得して販売する程の余力もモチベーションもない。」と言い、彼女はこのままでは自分のプロダクトは自然と消えてしまう、という事実を前に製作への情熱を失いつつある様子でした。 実際に彼女のプロダクトの力を体感しその話を聞いた私は、『この素晴らしいものがなくなってしまうのはまずい!』と思いました。私はハーブの知識はないけど、彼女がネックに思っているネット関連の部分は協力できる事があるかもしれないと思い、「もし手伝えることがあれば手伝いますよ。」と話をしました。この時は彼女を元気づけようと軽い気持ちで言ったのですが、実際にはこの瞬間がこのプロダクトに関わることになったスタートでしたね。今思うと初めて会った時に「来るのは分かっていたよ。」と言われたのも、ジュディのプロダクトが消えてしまわないように引き寄せられたのかもしれない。出会うべくして出会ったのかなと思いますね。 ー植物はポジティブな存在 ブランドを手にかけるならまずは自分を整えること 私はあくまで「ネットでの広め方を手伝うよ」というくらいの気持ちでしたが、彼らは『協力者』ではなく一緒にブランドを立ち上げてほしいという意向でした。そしてパートナーとなるとジュディは「植物はとてもポジティブな存在。ネガティブなものを持つあなたが植物に触れると、植物の最大限のパワーを引き出せない。まずは自分を整えなさい。」と言ってきたのです。また、パートナーとしてプロダクトを理解しようとしたのですが、彼女はハーブの種類や効能などは一切教えてはくれません。「ハーブの知識は後からでもついてくる。まずは人とハーブとの関係性や、ハーブはこの星にとってどんな存在なのかを考えなさい。」という壮大な課題が入り口でした。 教えに従ってハーブ関連の本などは一切読まず、早朝から夕方までハーブの世話と観察をし、自分だけの教科書を作りました。○時ごろにミツバチが来て、その後に朝日が昇り、○時ごろにこの種類の鳥が鳴き始める……といったような観察結果をジュディに毎日報告しました。それを見て彼女が「植物は朝日を浴びる瞬間に光合成を始める、ミツバチはエネルギーが一番高まる時に来ているの。」などと教えてくれました。私はただハーブを観ていたのではなく生態系そのものを学んでおり、彼女のプロダクトの世界観の大きさを知りました。 その後日本に帰国し、ジュディのプロダクトを輸入できるよう手はずを整えました。商品が手元に揃った時、『オーガニックライフTOKYO 2016』というイベントで初めてブランドとしてお披露目させてもらいました。 ―今も続く第二の故郷シャスタとの関係  毎年1回は行っています。コロナ期間は行けなかったので、今年3年ぶりに行くことができました。ジュディ達は私の息子も孫のように接してくれて、本当の家族のようです。私達の第二の故郷ですね。会えない期間や日本にいる時も、頻繁にメールやラインで連絡を取っています。『山に雪が積もったよ。』『月が綺麗だよ。』みたいなたわいも無い会話をしています。血の繋がりがない間柄でこんなに見守ってもらえて、また愛ある厳しさを与えてもらっている事に対してありがたく思いますし、それに応えられる自分でいたいと思います。 ―シャスタで過ごし学んできた自分軸で生きる大切さ ずっと体感させられているのは、『頭を使うな。体と心を使え。』という事です。体で感じて、心で話せという事を今でも伝え続けてもらっています。 また、ビシバシ擦り込まれたのは『他人の反応に反応するな。』という事ですね。人の反応に対して勝手に落ち込んだり、悩んだりするなという事です。私自身の体験を実例としてお伝えすると、毎日リチャードに挨拶していたのですが、目も合っているし、絶対聞こえているはずなんですけど、「モーニン!」と挨拶しても無視されるんです。1回そういった事があると、次から萎縮してしまったり、避けてしまったりして……。でも私の考え方なんてあちらには全てお見通しで、数日後に「君は相手が無視をしたという反応にショックを受けているけど、挨拶は相手が返してくれるからするものなのか?相手の反応に関係なく、君が気持ちよく1日を始められたらそれでいいんじゃないか?」と問われ、自分がいかに相手軸で動いていたかということに気づかされましたね。シャスタでは自分軸を作るレッスンのような教えを日常的にたくさん受け、生きる上での大きな学びにつながっています。 ―日本の女性が自分をリスペクトできるようにサポートしたい  ブランドを通して、体調面・人間関係を含めてホリスティックな健康のサポートをしていきたいです。日本の女性が誰の目も気にせず、誰かの期待に応えるためにではなく、自分のために自立した真の健康の輝きに気づくきっかけを与えられればと思います。ジュディに「先進国なのに日本の女性は傷ついている人が多い。」と言われてドキッとしたんです。それはパートナーシップだったり、まだ社会に男尊女卑な部分があったりと、日本独特の伝統的な『世間体』が自分達を潜在的に傷つけていると思うと、涙が出そうになりましたね。また女性は人生の過程で変化も多く、ホルモンバランスなど健康面でも気にかける事が多いです。それらのバランスを健康面・精神面共に健やかに保ち、自信を持って自分をリスペクトできるような女性を増やしていければと思います。シャスタでの体験は、『人生の盲点』をたくさん気付かせてくれました。ハーブやプロダクトの事はもちろん、私が体験し学んだ事も周りにシェアして誰かの役に立ちたいです。まだ私も日々もがいている最中なので、よりよく健やかな人生を歩めるようなヒントの一つとして捉えていただけると、体験した身としては嬉しいですね。 ■ 岡本あづさ/ Mount Shasta Apothecary主宰 古くからネイティブアメリカンの聖地として大切にされてきた北カリフォルニアにあるシャスタ山。その麓で静かに暮らすマスターハーバリストのジュディとの運命的な出会いから、彼女が作るヘルスケアプロダクトを日本に届ける役割を担う。マウンテンセージやジュニパーに覆われた豊かな土地でジュディが作るオーガニックハーブプロダクトは、シャスタの自然が与えてくれるエネルギーをたっぷりと取り入れている。 instagram: @mountshastaapothecary HP: Mount...

# HEALTH# ORGANIC# RELATIONSHIP# SOFTNESS

初めてご注文で10%オフ。クーポンコード [ WELCOME10 ]

Cart

No more products available for purchase

カートに商品がありません。