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COMMUNITY

環境に配慮したものづくりで紡ぐやわらかな世界 ー生理用ナプキンのリニューアルにかけた想いー

2023年10月、シシフィーユはブランドの代表アイテムであるオーガニックコットンを使用した生理用ナプキンをリニューアルしました。これまでパッケージとして採用していた紙製のスリーブを廃止し、新しいパッケージフィルムにはバイオマス由来の原料を80%配合することで、石油由来のプラスチック使用量を削減。さらにフィルムへの印刷には、植物由来原料を10%以上配合したボタニカルインクを使用するなど、植物由来原料の割合を増やすことで、カーボンオフセットの観点から製造にかかる二酸化炭素の排出量を減らしています。今回企画を担当したMDの道端とシシフィーユブランドコミュニケーターのcumiが、環境に配慮したものづくりのこと、そしてリニューアルに込めた想いについて語りました。 ―さとうきびの搾りかすと卵殻をアップサイクルしたパッケージフィルムに cumi:2015年にシシフィーユを立ち上げてから、パッケージも環境に配慮されたものにしたいというのはずっと考えてきたことだったけれど、ついにリニューアルを迎えることができました。振り返ると長い道のりでしたね。 道端:試行錯誤を重ねて、ようやく納得のいく形になりましたね。 cumi:新しいパッケージフィルムには、全体の75%がさとうきびの搾りかす由来のポリエチレン、5%に廃棄予定の卵殻を採用したけれど、卵殻を使ったバイオマスプラスチックは国内ではまだあまり目にしないですよね。 道端:そうですね。バイオマス由来の製品というと、さとうきびやとうもろこしを使ったものが一般的かと思います。今回私たちが採用したのはさとうきび由来のポリエチレンと卵殻ですが、実は日本は世界で2番目に卵の消費量が多い国で、個数にすると年間約420億個もの卵の殻が国内で産業廃棄物として処理されているそうなんです。 cumi:私も今回、国内でそんなに卵が廃棄されているということを初めて知って、有効活用できるのはすごくいいなと思いました。シシフィーユにとってテクスチャーは大事な要素なので、パッケージの手触りにもこだわりましたよね。バイオマス由来といっても原料や配合量によっても質感が全然違うことに驚きました。 道端:米ぬかなど、他の素材を配合したサンプルも検討したのですが、どうしても独特の匂いがしたり、触り心地が良くなかったり。一番しっくりきたのが卵殻でした。卵殻5%配合と聞いて「お気持ち程度じゃないか」と思われてしまわないかと不安はあったのですが、それ以上増やすと表面に粉っぽさが残ってしまったりして。テクスチャーにもこだわると5%というのがベストだったんです。シシフィーユの協力工場さんも、バイオマス由来の原料を使った前例がなかったので、やってみないと何が起きるか分からないという中で、みんなが手探りの日々でした。国内生産の生理用品のパッケージでバイオマス由来のプラスチックが使われた例はほぼないんじゃないでしょうか。 (写真)cumi cumi:衛生用品を扱う工場では異物が入らないように安全性を第一優先されているから、バイオマス素材にすることでパッケージとしての耐久性が損なわれてしまうのではないかという懸念がありました。それは今回パッケージを生分解性にしなかった理由の一つ。私が住んでいるサンフランシスコではゴミを焼却するという選択はなくて、コンポストかランドフィル(埋め立てる)かリサイクルで処理されているんです。各家庭でコンポストしているところも多いことから、生分解性プラスチックはすんなりと受け入れられ、どんどん広がってきています。初めはどうにか生分解される資材を選べないだろうかという個人的な思いもあったのですが、それには少しずつ理解を得る必要があるんだということに気がづきました。 道端:前例がなかったこともあって、開発にはとても時間がかかりましたよね。リニューアルに向けて何年もかけて取り組んできたので、いざ新パッケージが完成して手にとった時は、本当に感慨ひとしおでした。「やっとここまで来られた!」って。資材を調達してくださったメーカーさんや工場さん、本当にたくさんの方々にご協力いただきました。私たちだけではとても辿り着けなかったと思います。 ―従来の使用感を残したまま薄型のナプキンに cumi:紙製のスリーブをなくすというのも大きい決断のひとつでしたよね。スリーブがあることでスッキリとした見た目や管理のしやすさが実現できていたということもあるし、あのパッケージがここまでシシフィーユを連れてきてくれたという思いも強かったので。道端:あのスリーブがシシフィーユのナプキンの良さでもあった一方で、使い終わったらゴミになってしまうということに対してのジレンマがずっとありました。単純にスリーブをなくすことだけでも解決できたと思いますが、今回新しいフィルムにしたことで、シシフィーユのナプキンを進化させることができたと思っています。 (写真)道端cumi:それから名称もサニタリーパッドからピリオドパッドへと変更して、以前からご要望が多かった23.5cmと29cmのナプキンを薄型に改良しました。薄型と言ってもいわゆる一般的な高分子吸収体をつかった薄型とは違って、ふっくらとしたシシフィーユならではの使用感が損なわれない厚さに調整できたので、より使いやすくなったと感じています。 道端:1パックあたりの入り数を増やしたことで1枚あたりの単価を下げられたことも良かったですよね。シシフィーユのナプキンは他社製品と比べて高価なので、どうしたらお客様が手に取りやすいようできるかというのも悩みのひとつでした。 cumi:一回の生理で使うナプキンの個数は、約20枚と言われているので、1パックあれば足りるという個数もこだわったポイントのひとつ。1パックごとの入数を増やすことで、ゴミの削減にもなりますしね。 ―私たちもシシフィーユの歩みと共に変化してきた 道端:今回のリニューアルは個人的にもすごく思い入れが強くて。大きく担わせてもらっていたので達成感があったのももちろんですが、シシフィーユの成長を感じると共に、自分自身の変化も実感しました。シシフィーユのチームの一員になって、ブランドの世界観にふれることで、環境問題に対する危機意識をはじめ、物事に対して感じることや、これから自分がどうなりたいのか、どんなことにコミットしていきたいのか、価値観や生活自体もすごく変わりました。シシフィーユが一歩ずつ変わっていくのと一緒に、私自身もアップデートされてきたんだなあ、と。 cumi:道端さんの言う通り、みんなの意見を反映しながらシシフィーユは成長してきたし、私たちもシシフィーユの世界から色々学んできましたよね。私はオーガニックコットンに携わりはじめて10年ほどになるけれど、ここで得た経験は衣食住さまざまなものを選択する基準にもすごく影響しています。シシフィーユを立ち上げてから8年の間に自然素材を使った製品が増えてきたのを見てきて、資材もまた同じように環境に配慮されたものになっていくといいなと思います。 道端:シシフィーユのプロダクトがメッセージとなって、これからどんどん変わっていけばいいですよね。私自身がシシフィーユに出合って変わったように、使ってくださる皆様にとっても何かのきっかけになってもらえればいいな。良いものはみんなでシェアして、より良いものづくりをしていきたいです。 ■ 道端真美 / SISIFILLE MD 美術大学を卒業後、設計会社に勤務。退職し、世界26カ国を周遊、その後カナダで暮らす。帰国後、オーガニックコットンを通じた嘘のないものづくりに感銘を受け、2018年シシフィーユの運営会社であるパノコトレーディングに入社。現在はシシフィーユの商品企画開発、PR、WEBサイト運営等に携わる。 ■ cumi / SISIFILLEブランドコミュニケーター 幼少期をインドネシアで過ごす。大学在学中よりアパレルで販売を経験し、卒業後はPR等として働く。2015年自身の体験をいかし、オーガニックコットンブランド「SISIFILLE」の立ち上げを担う。現在はサンフランシスコベイエリアを拠点に、シシフィーユWebサイト内のリーディングコンテンツ企画やSNS、製品企画を担当している。 Text&Edit...

# BACKGROUND# BIORE PROJECT# FAIRTRADE# ORGANIC# ORGANIC COTTON# PERIOD# SOFTNESS#SUSTAINABLE

持続可能な暮らしをデザインする / ソーヤー海さん

千葉県いすみ市でパーマカルチャーや非暴力コミュニケーション(NVC)、禅などのキーワードを通じて、本質的に豊かな暮らしを実現させるための活動を行っているソーヤー海さん。2016年には「パーマカルチャーと平和道場」として、自然とつながり、自分の手で暮らしをつくるための学びの場を立ち上げました。パーマカルチャーが実現された先には、どんな世界が待っているのでしょうか。後編では、ソーヤー海さんにパーマカルチャーの考えに基づいたハッピーな暮らしのつくり方について聞きました。 ―クリエイティブで自由な暮らしを手に入れよう 「楽しい、美味しい、美しい、自分らしい」― これは、活動仲間のフィルとカイルが、パーマカルチャーの原則をシンプルに表したものだ。この4つのキーワードを暮らしの中に取り入れるために、どんな暮らしをデザインしていこうか? そう考えただけで僕はワクワクしてくる。千葉県いすみ市で僕が主宰している「パーマカルチャーと平和道場」は、その実験と実践の場だ。この場所で家族と暮らしながら、日々トライアンドエラーを繰り返している。僕が道場で最初にみんなに教えたいのは、「食べ物を作ること、家を作ること、いい人間関係を作ること」。まずはその3つができれば、安心して自由に暮らすことができる。だって、それより大事なものはないでしょう? ―食べものを作る コスタリカのジャングルで生活をした体験を通して、いつか自分でも食べ物がそこら中になっているような楽園を作りたいと思い描いていた。食べ物はお店で買うものじゃなくて地球の恵みだということを子どもたちにも教えてあげられるしね。そして、当初荒地のようだったこの場所に、今ではパパイヤ、アボカド、レモングラス 、バナナなどが実っている。だけど、僕が目指しているのは100%自給することではない。大事なのは、どうやったら楽しく持続できるかということ。だから「地球って楽しいな!」とワクワクするようなセンスオブワンダーを散りばめたいと考えている。例えば、キッチンのすぐ側にハーブガーデンを作り、バジル、ミント、ニラ、山椒などを育てて、料理中に使いたいものがすぐに手に入るデザインにした。でも効率がいいだけじゃつまらないから、心が喜ぶような花を合間に植えている。人は生産性と効率化を追い求めても幸せにはなれない。だけど、そうやって小さなワクワクを増やしながら続けていくことができれば、いつのまにか循環する暮らしが無理なく実現していくと思うんだ。 (写真)上はバナナの木。下はキッチン横のハーブガーデン。 ―家を作る コロナ禍で時間があるからやってみようと思い立って、家族が暮らすための小屋を作った。かかった金額は、40万円弱。現代の暮らしでは、人は大金を出して家を買うけれど、その他の動物はみんな自分で家を作っているよね。人間だって、誰でも自分で家を建てることができるんだ。一回やってみると構造が分かるし、自信がつくから楽しくなって他にも作ってみたくなる。道具の使い方を覚えて、意識をそこに向けることができれば何だって手作りできるようになっていく。暮らしの技術を学ぶことで、お金に依存せず自由に暮らすことが可能になるんだ。失敗したっていいからまずは一歩踏み出してみよう。   (写真)上の小屋が海さんとパートナーの美紗子さんが初めてセルフビルドしたもの。下はワークショップで20人以上の参加者が建てた小屋。 ―人間をデザインする 僕たちは、一年中外でご飯を食べている。料理を作るのも外だ。そしてアウトドアキッチンには意外な利点がある。室内できれいなキッチンを保つのってすごくエネルギーがかかるよね。ここにはいろんな人が泊まりにくるし、求める清潔さの度合いは人によって違うから、それが時に対立の火種になってしまうことがある。だけど、アウトドアキッチンは動物が来たり、ダストが飛んできたりするから、そもそもきれいに保つことは難しい。そうすると「仕方ないね」ってみんなが納得して対立が起きにくくなるんだ。求める基準値を下げるだけで、グッとみんなのストレスが少なくなる。価値観があわない人を排除するのではなく、どうやったらみんなが心地よく過ごしていけるかを考えること。これが人間関係をデザインするということなんだ。 (写真)手作りの薪ストーブで料理をする美紗子さん ―循環を暮らしに取り入れる 循環しない暮らしには、マイナスの要素が増えていくものだ。例えば、ゴミ。人間以外の動物はゴミを出さないでしょう。自然界にゴミが存在しないのは、全てのものが自然の一部としてサイクルしているからだ。そういう生態系を理解して暮らしに取り入れることができれば、マイナスの要素をプラスに変えることができるようになる。生ゴミはコンポストで堆肥になり、その堆肥を使って作物を育てることができるし、地域で伐採された木や竹、廃材を使って調理した後、炭を使って土壌改良をすることもできる。また、太陽光を使ったソーラーオーブンで調理するとか、身の回りにある資源を使って自らエネルギーを生み出すことができれば、消費を減らすことだってできる。そうやって小さな循環が巡りはじめたら、暮らしは安心感に満たされて、どんどん豊かになっていく。そして、自分自身のパワーを感じるようになる。 ―重要機能をバックアップする パーマカルチャーには重要機能のバックアップという原則がある。何かあったときのために、生活に必要なものの予備を確保しておくということだ。雨水タンクはそのひとつ。天からの恵である雨水を溜めておけば、生活に必要な水を自給することができる。雨水タンクには、ファーストフレッシュフィルターをつけていて、埃や花粉など屋根の汚れがついた最初の汚い雨水をカットしてくれる仕組みになっている。消費生活では全てがブラックボックス化していて、自分の命のベースになっているインフラや食べ物がどういう仕組みで成り立っているのか分からない。だから何かトラブルが起きたら、専門家にお金を払って解決するしかない。生活コストが上がり、お金はもっと必要になる。これが消費者の残念なところだよね。誰も目で見てなんとなく理解して再現ができたり、何か起これば問題が特定できて解決ができたり、そういうシンプルで機能的なシステムがパーマカルチャーなんだ。自分の目の前で、自分が責任をもてるレベルの豊かな循環をつくりたいよね。  ―地球の恵みとつながりながら生きていく 意識が暮らしを変え、暮らしが意識を変える。意識と暮らしはセットで、どちらかだけを変えることはできない。僕たちはみんな自然の一部で、全てはつながっているシステムだと考えるのがパーマカルチャーだ。だからひとつ変えると全部が変わっていく。まずは、自然と自然の神秘を自分の暮らしに合うように少しずつ取り入れてみよう。この“少しずつ”というのが大事なんだ。やっているうちに、だんだんと自然の方から「あれやってみなよ、これもやってみなよ」って誘導してくれるようになる。そうすると自然と豊かな世界ができてくる。ドアを開けて目の前がコンビニだったら、お金がないと生きていけないでしょう。でも僕の世界では、ドアを開けると森なんだよ。だから「地球で生きている!」って感じなの。自然も人間もみんながお互いを生かし合って、地球で生きているんだ。井戸水や天水を飲む。そこにあるフルーツを食べる。そして、僕たちの命は、森に、地球に支えられているということが分かる。そうして僕らはハッピーになっていくんだ。 ■ ソーヤー海 / 共生革命家 東京アーバンパーマカルチャー創始者。1983年東京生まれ、新潟、ハワイ、大阪、カリフォルニア育ち。カリフォルニア州立大学サンタクルーズ校で心理学専攻、有機農法を実践的に学ぶ。2004年よりサステナビリティーの研究と活動を始め、同大学で「持続可能な生活の教育法」のコースを主催、講師を務める。元東京大学大学院生。国内外でパーマカルチャー、非暴力コミュニケーション、禅/マインドフルネス、ギフトエコノミーなど、さまざまな活動を行っている。いすみ市に「パーマカルチャーと平和道場」を立ち上げ、共生社会のための実験やトレーニングの場として展開している。二児の父。。。。著書 『Urban Permaculture Guide 都会からはじまる新しい生き方のデザイン』、『みんなのちきゅうカタログ』(英語版...

# COMMUNITY# SOFTNESS#パーマカルチャー

パーマカルチャーで実現するハッピーな暮らし / ソーヤー海さん

千葉県いすみ市に暮らし、パーマカルチャーや非暴力コミュニケーション(NVC)、禅などのキーワードを通じて、本質的に豊かな暮らしを実現させるための活動を行っているソーヤー海さん。2016年には「パーマカルチャーと平和道場」として、自然とつながり、自分の手で暮らしをつくるための学びの場を立ち上げました。パーマカルチャーが実現された先には、どんな世界が待っているのでしょうか。前編では、パーマカルチャーとの出合い、そしてソーヤー海さんが描く豊かな世界についてお話していただきました。 ―僕は、コスタリカのジャングルで初めて地球と出合った 東京に生まれ、日本とアメリカを行き来しながら育った僕の人生を大きく変えたのは、9.11だ。それはちょうどカリフォルニア州サンタクルーズの大学に入学する直前の出来事だった。平和だと信じていた日々に、急に戦争というものが身近になってやってきた。と同時に、それまで漠然と思い描いていた、大学でいい成績を取って、いい会社に入って…といった未来図がガラガラと崩れていった。この現実を見ないふりなんてできないし、とにかくなんとかしないと。その一心で、反戦運動に加わった。 でもね、反戦運動って文字通り、反対する運動だからエネルギーがものすごく必要なんだ。圧力はかかるし、対立構造になりやすいからね。ピリピリとした活動を6年ほど続けたけれど、どこかでこれは持続可能じゃないぞと感じていた。そんな中で有機農業や自然農と出合って、そのポジティブなエネルギーに惹かれるようになった。そして、一度先進国を離れて生き方を見直したい、地球がどんな場所なのかちゃんと知りたいと思うようになって、コスタリカのジャングルに移住することに決めたんだ。ジャングルの生活は、ココナッツ、バナナやマンゴーが食べ放題。電気も水道もなくて、自分たちが生きるための食べ物を得ることが中心の日々だ。動物ってさ、みんな自然の中で「ただ食い」しているんだよ。お金を払って食べ物を得ているのは人間だけ。ここでの暮らしを通して、僕は初めて「地球と出合った!」と感じたよ。そして僕は生態系の一部なんだということも。だけど現実は、人間だけが自然と切り離された生き方をしている。人間ってなんだろう、生きるってどういうことだろう。そんなことを考えている時に出合ったのが、パーマカルチャーだった。パーマカルチャーとは、ものすごく簡単に言うと、自然の循環を取り入れて、人が豊かに生きていくための暮らしや社会をデザインすること。 その世界観にどっぷりはまった僕は、ジャングルを出てパーマカルチャーの実践地を訪ね歩いた。ニカラグア、キューバ、グアテマラ。各国のお百姓さんから学んだ後、ワシントン州オーカス島にあるフォレストガーデン「ブロックス・パーマカルチャー・ホームステッド」の研修生として2年間を過ごした。ここでは食べ物、水、エネルギーのことなど、暮らしにまつわることは何でも学ぶことができた。とにかく自由で、創造的で、まるで楽園のよう。なんてったってそこらじゅうに食べ物が実っていて、フルーツが降ってくるような場所だからね。この暮らしを実践できれば、お金に依存することなくみんながハッピーになれるじゃん。This is it. 僕の探していた豊かな世界がそこにあった。 ―パーマカルチャーによって実現する豊かな世界は、決してファンタジーなんかじゃない その頃、日本で3.11が起きた。原発事故があり、僕はこのことにどう応えるのか、自問自答した。僕も電力の恩恵を受けて生きているけれど、だからってこの問題を放置することは嫌だ。そして僕の答えは、権力が集中する都会にこそパーマカルチャーの価値を広げるべきだ、ということ。そうでなければ、この大きな問題を解決することは到底できない。そうして日本に帰国することを決めて、2011年に「東京アーバンパーマカルチャー(TUP)」を立ち上げた。屋上菜園を作ったり、空き地や河川敷に種を撒いたり、ワークショップを開いたり、メディアに取り上げてもらったりして、いい活動はできていたのだけど、だんだんと自分自身が都会のパワーに飲み込まれていくのを感じた。 いつの間にか発信することが活動の中心となっていき、パーマカルチャーを体現した生活からは遠ざかってしまっていたのだ。このままでは僕もピラミッドゲームの一部になってしまう。そうではなくて、僕自身がより健全で、自分らしい暮らしをしながら、日本だからこそできる素晴らしいパーマカルチャーの世界を作っていけばいいんじゃないか。パーマカルチャーによって実現する豊かな世界は、決してファンタジーなんかじゃない。そうやって僕が実践する世界をいろんな人に見に来てもらい、リアリティを体感してもらえたら、その波紋はあちこちに広がっていくだろう。そう考えて、2016年に千葉県いすみ市へ移住を決めた。そして、活動の場となる築150年以上の古民家のある2700坪の土地に出合い、グリーンズの鈴木菜央さんと共に、全ての命が大事にされる社会のための実験と実践の場である「パーマカルチャーと平和道場」を立ち上げた。そして実際に本当に多くの人がここへ訪れてくれるようになったのだ。 ―目指すのは、消費者から創造者になるということ 「ヒューマニティを取り戻そう」というのが、平和道場のミッションのひとつだ。それは、人間の本質に添うような文化や暮らしを取り戻していくということ。目指すのは、消費者から創造者になるということだ。僕らが今生きる世界は、何も考えなければ消費者になっていくシステムになっている。子どもの時から学校でそう教育されているからね。消費者というのは、誰かがつくったものを選ぶしかない上に、その何かを手に入れるにはお金が必要になる。今の社会ではより効率化して、より生産性をあげて、より多くのお金を得ることに価値が見出されているよね。だけど、人はその価値では幸せにはなれないんだ。いくら生産性が上がろうと余裕が増えることはないし、さらに余裕がなければ豊かな暮らしを味わうことはできないから。これが今の人類が抱えている残念なパラドックスだと思う。比べて、自然の循環というのは、人間が関わっても関わらなかったとしても勝手に生物多様性が生まれ、勝手に再生され、勝手に循環していく。このサイクルをうまく暮らしに取り入れることができれば、余裕のある時間はどんどん増え、心身もどんどん健康になって、本当に自分がやりたいこと――例えば、家族と過ごしたり、世の中に貢献したり、そういうことに費やせるハッピーなエネルギーと時間が増えていく。この暮らしの循環をデザインすることがパーマカルチャーなんだ。僕は誰もが創造者になることができると信じている。みんなそのパワーを持っているのに、それを表現する時間や心の余裕が今はないだけだ。でもさ、とにかくやってみようよ。何から始めてもいい。暮らしを変えて、意識を変えて、やがては社会を変える。誰かが始めれば勝手に広がっていくんだよ。そして循環し、ハッピーが増えていく。それが僕がワクワクする未来の世界なんだ。 ■ ソーヤー海 / 共生革命家 東京アーバンパーマカルチャー創始者。1983年東京生まれ、新潟、ハワイ、大阪、カリフォルニア育ち。カリフォルニア州立大学サンタクルーズ校で心理学専攻、有機農法を実践的に学ぶ。2004年よりサステナビリティーの研究と活動を始め、同大学で「持続可能な生活の教育法」のコースを主催、講師を務める。元東京大学大学院生。国内外でパーマカルチャー、非暴力コミュニケーション、禅/マインドフルネス、ギフトエコノミーなど、さまざまな活動を行っている。いすみ市に「パーマカルチャーと平和道場」を立ち上げ、共生社会のための実験やトレーニングの場として展開している。二児の父。。。。著書 『Urban Permaculture Guide 都会からはじまる新しい生き方のデザイン』、『みんなのちきゅうカタログ』(英語版 Our Earth Our Home)YouTube:TUPチャンネルHP:東京アーバンパーマカルチャー         パーマカルチャーと平和道場 Text&Edit...

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食でつながるコミュニティーの環 / 八尋永理子さん

アメリカ西海岸のバークレーに店を構えるレストラン「Chez Panisse シェ・パニーズ」は1971年のオープン以来、ローカルの生産者が育てた新鮮でサステナブルなオーガニックの野菜や果物をメインに調理し消費者へ届ける「Farm to table農場から食卓へ」という考え方を世界中へ広めてきました。シェパニーズで働いて8年になるというペイストリーシェフ八尋永理子さんのお話からは、食と人、そして人と人が豊かにつながる“やわらかな世界”が見えてきました。 ースタッフはシェ・パニーズファミリーとしてお互いに支え合う --永理子さんはアメリカに長く暮らしていますよね。どんな流れでペイストリーシェフという職に辿り着いたのでしょうか? 「英語ができたら世界中の人と話せていいな」という単純な理由で留学したんです。最初は2年ぐらいで日本へ帰るつもりでいたのですが、気がつけばもう28年。料理人になる前は、和紙のお店で働いたり、製本やアパレルでの仕事をしたりしていました。出産を機に仕事を辞めたのですが、娘がプリスクールに行くタイミングでシェ・パニーズで働いていた友達が声をかけてくれてインターンとして働き始め、実際にキッチンに入ってすぐに「これだ!」と思いました。 --お菓子作りのどんなところに魅力を感じたのですか? お菓子作りって、工程がすごく細かいですよね。スイーツが大好きで、家でもよく作る…というタイプではないのですが、やってみたら上手にできたんです。元々細かい作業が好きで、手先も器用なので向いているかもしれないなと。それに、お砂糖が足りなかったり、ミックスの順番を間違えたりとその過程が少しでもずれてしまうと良い完成形にならないというところにすごく面白さを感じました。そのサイエンスな感じが自分に合うんですよね。シェ・パニーズでは毎日旬の果物をメインにデザートを決めるので、季節ごとにレシピを考えるのも楽しくて好きです。 --これほど有名なレストランでありながら、未経験でもチャレンジさせてもらえる環境があるということに驚きました。  もちろん料理学校を卒業した熟練のシェフもいますが、私のようにお菓子作りに興味があるとか、とにかく世界中から様々なバックグラウンドの人が集まってきているんです。きっちりとしたルールはないけれど、やりたいことやパッションを持っている人を受け入れてサポートする体制が整っていて。10代から60代までと幅広い年齢のスタッフがいますが、みんなアリス(※)のフィロソフィーに寄り添っていて、価値観や目標が近いので年齢関係なく共感しあえる。だから仲が良いんですよね。シェ・パニーズではスタッフミールの時間がとても大切にされています。座ってあれこれ話しながら食べる時間をみんなが楽しんでいるので、アリスはスタッフにその時間を大事にし続けてほしいと願っているんです。※シェ・パニーズの創始者・オーナーであるアリス・ウォータース。オーガニック、スローフード、地産地消、食育の大切さなどを提唱する食の革命家。(写真)スタッフの休憩用にと設けられた居心地の良いスペース ―今日永理子さんにレストランやオフィスを案内していただいて、働いている人たちがすごくお互いを尊重し合っているなという印象を受けました。  ここでは、一度働いたらファミリーの一員という考え方があります。メンバーや家族として、人としてすごく大切にしてくれるんです。例えば、病気になって暫くの間仕事ができなくなってしまったスタッフがいたら、その人のためにファンドレイズ(※)しようとか、そうやってお互いを気遣うということがごく普通のこととしてありますね。※活動を支える資金を募ること (写真)オフィスの入り口に飾られたシェ・パニーズファミリーの写真 (写真)レストラン2階から見える景色 ーシェフはファーマーとその作物を惹き立たせるためのヘルパーのような存在  --パンデミックのときには、いち早くテイクアウトを始めて、専属ファーマーたちの暮らしを守っていましたね。 パンデミックになってアリスが一番気にしたのはファーマーたちのことでした。レストランが開かないということは、彼らの収入もゼロになってしまうということ。それで彼らの収入源を絶たないために始めたのがテイクアウトと野菜や果物の詰め合わせボックスの販売です。ボックスは何が入っていても一箱あたりの価格は一定にして、ファームの収入が安定するようにしました。シェ・パニーズは、ファーマーたちがいてこそ成り立っている。そのことはスタッフの共通認識として強くあるので、生産者とのつながりはものすごく深いものがあります。 --レストランで提供される料理からも、ファームへのリスペクトをすごく感じます。 私たちシェフはファームから届いたその日の食材を見てメニューを考えます。いかに食材に手を加えず、どう味を引き出そうか。この食材はどう調理すると一番おいしい形でお客さんに出せるのか。それは私たちの永遠のテーマでもあります。 --シンプルな料理だからこそ、素材そのものの味を楽しむことができて、さらにシェフたちが出し合ったアイディアが引き立っているんですね。  フレンチを基本としていますが、素材にたくさん手を加える料理はほとんどないですね。カリフォルニアの食材はそのものの味がすごく良くて、そのまま食べれるほど美味しいんです。一方、シンプルな料理だからこそ、素材選びには命をかけています。それはシェ・パニーズに入って誰もが一番初めに習うことです。例えばイチゴが100個ある中で、おいしいものをひたすら選ぶというような仕事であるとか。でもそれを続けているとだんだん食材から語りかけてくるようになるんです。 --オーガニック野菜を使ったシンプルな料理や、地産地消の考え方がこのエリアに強く根付いているのを見ると、シェ・パニーズがこれまで地域で実践してきたことの大きさを感じます。 お客さんから料理について「これどうやって作るの?」とか「この食材はどこの?」なんて聞かれることもあるのですが、シェ・パニーズはすごくオープンなので、「塩茹でしただけだよ」とか、「そこのファーマーズマーケットで買えるよ」とか気軽に答えるんですね。そうすると次に来てくれたときに「あれ、やってみたよ」と教えてくれたりして、レストランでの体験が家庭の料理や地域の生産者に還元されていることを実感できて嬉しくなります。また、近隣の人が収穫された野菜などを私たちが料理にして「これはあなたが持ってきてくれたレモンで作ったタルトよ」みたいなこともよくあって、本当にいいコミュニティだなと思います。 ー大好きな人たちと、美味しい食べ物を囲んで、楽しい時間を過ごすことが幸せ --永理子さんは家ではどんな料理を作るのですか? シェ・パニーズで作る料理よりもさらにシンプルです。トマトを輪切りにして塩かけるだけとか、お豆腐にお醤油かけるだけとか。だからこそ旬なもの、素材そのものの味を大事にしています。でも一番ホッとするのは、やっぱりお味噌汁とご飯なんですよね。そんなに頑張って手をかけなくても、そういう安心できるようなご飯を作れたらいいんじゃないかなって思います。 --作物を育て、そのものの味を楽しむということは、アリスさんがエディブルスクールヤード(※)を通じて伝えようとしていることでもありますよね。 そうですね。子どもの頃、鳥取に住む祖母を毎年訪ねていたのですが、つくしや野草を摘んで調理していたんです。今考えるとすごくスペシャルだったなと思うのですが、そこではそれが日常の風景だったんですよね。祖母は野菜もお米も自分で作っていて、彼女の育てていたスイカの味は今でも忘れられません。今ファームで同じような安心感を感じるのは、そういうルーツがあるからなのかなぁ、なんて思ったりもします。※アリス・ウォータースが立ち上げた、校庭の一部を菜園にし、畑から食卓まで繋がるいのちの学びとして、子どもたちが土に触れ、育て、収穫し、料理して、共に食べる場をつくるプロジェクト...

# COMMUNITY# ORGANIC# SOFTNESS#SUSTAINABLE

優しさの連鎖が叶えるポジティブな循環 / 木津明子さん

自身のライフステージの変化をきっかけに、こどもの未来を明るく照らすようなコミュニティーを作りたいと一念発起し、地元である横浜市に「こども食堂 レインボー」をオープンしたスタイリストの木津さん。仕事に育児に、こども食堂の運営にと忙しい日々を送りながらも、彼女の周りはいつも明るくてハッピーなムードで溢れている。そんな木津さんが思い描く地域を巻き込んだ新しい取り組みと、そこで生まれたポジティブな循環の可能性について話をお聞きました。 ー「自分の不安=世の中の不安」と思ったことが行動の始まり --「こども食堂レインボー」を始めたのは、木津さんがシングルマザーになったことがきっかけだとお聞きしました。 木津:はい。区役所で児童手当など子ども関連の説明を受けたとき、なんとなく分かってはいたんですけど、改めてひとり親の過酷な状況を知ってショックを受けたんです。子どものためにも仕事は頑張りたいけれども、頑張るほど負担が大きくなるのが現実なんですよね。あまりにもびっくりし過ぎて「本当にみなさんそれでやっているんですか……!? 」と聞き返してしまったほどです(笑)。それで、その帰り道に「なにか自分にできることはないかな」と思って、こども食堂(※)をやることを決意しました。 ※こども食堂とは、子どもやその保護者、地域の住民に対して無料または低価格で栄養のある食事や温かな団欒の場を提供するために生まれた社会活動。 --自分の生活に不安を感じたタイミングで、逆に視野が広がったという部分が興味深いです。 木津:その時に自分が感じた不安から、子ども達の未来、日々の食事など、今までずっと気になっていたことに向き合う時が来たんだなと思いました。周りからの影響も大きかったですね。今はレギュラースタッフとしてこども食堂の活動を支えてくれているメンバーの話なんですけど、「+IPPO PROJECT」(※)という活動をやっている友達がいて。私はそのプロジェクトの「一歩踏み出す」という姿勢にすごく感化されたんです。昔の自分は怖かったり、悲しかったりするニュースがあると、つい目を逸らしたくなってしまうようなところがあったんですよね。でも「ちゃんと自分の目で見て、進んで行かないといけないよね」と改めて思わせてもらったし、背中を押してもらいました。  ※ファッション業界をベースに活動する女性3人が始めたプロジェクト。児童養護施設などを巣立った人たちのその後を支えるアフターケア相談所と手をとり合い、ファッションの持つポジティブな力をもとに、さまざまな形で社会問題につなげる活動をする。  --様々な選択がある中で、こども食堂を選んだ理由はありますか?木津:私自身、元々料理をしたら多めに作って「食べに来る?」と周りの人に声をかけるようなタイプで。今でも近所に住む両親にはよくご飯を作って持って行きます。私の母はすごく褒め上手で「あっこ(木津)は仕事もこんなに頑張っているのにちゃんと育児もして、ご飯まで作って偉過ぎる〜!」とか、こっちが嬉しくなる言葉をかけてくれるんですよ(笑)。料理も好きだし、人に喜んでもらえるのも好きなので、自然とたどりついた形なのかなと思います。 --ゼロの状態からこども食堂をオープンするまでにはいろいろとあったと思いますが、どのように体制を整えていったのか教えてください。 木津:場所が決まってからは色々と早かったです。私はあまり建設的に物事を考えるタイプではないので、周りの人に助けてもらいつつ、準備を進めていきました。とにかく初めてのことだらけだったので、まずは体当たりじゃないですけど、場所を探すところから始めました。その結果、洋光台の町の窓口「マチマド」さんにレンタルスペースを借りることになり、そこでのやり取りをきっかけに現在のスペースを紹介してくれたUR新都市機構の方ともつながることができました。そして地域ケアプラザの方もこども食堂ができるのを喜んでくれて、近隣の学校に代理で手紙を出してくださったり、いろいろサポート体制を整えてくれましたね。地域の協力体制があったのは大きかったです。あとは友人達の心強い協力に支えてもらいました。みんなそれぞれに仕事や家族のこともあるのに、事前の準備からお店の運営まで喜んで力になってくれて本当にありがたかったです。最初は「全部一人でやるぞ!」と意気込んでいたんですけど、それは到底無理な話でした。 (写真)こども食堂レインボーの様子 --準備期間とオープンしてからで心境の変化などはありましたか? 木津:実際に始めてからの方がいろいろ感じること、分かることが多かったです。初日を終えて、まずは自分の意識をガラッと変えていかないとだめだと痛感しました。最初は「救ってあげたい」という気持ちから始まったんですけど、その考え方自体が大きな間違いでした。本当に必要な人に食べに来てもらいたいという思いがあったので事前にあまりアナウンスをしていなくて、初日はお客さんが少なかったんですよね。チラシを駅前に配りに行った時に感じたことは、楽しくて明るくて、ポジティブな循環が生まれる場所づくりをしていかないと本当に届けたい子どもたちにまで届かないなということ。それに食堂と名前がついているからには活気も必要だなって。今振り返ると、その時の気づきはとても重要でしたね。そこからみんなで方向性をしっかり意識して軌道修正できたことが今のこども食堂に紐づいているんじゃないかと思います。 ー間口を広げることで、あらゆる人につながる場所を作りたい --その意識の部分についてもう少し詳しくお話していただけますか? 木津:こども食堂に対して“後ろめたい”というイメージを持つ人って多いと思うんです。ビラ配りをしている時にもそれをすごく感じました。好意的に受け取ってくれる人ほど「素敵なことですね。でも、うちは大丈夫です」って言うんですよ。「だって、困っている人が利用する場所なんでしょ?」と。そのたびに、きちんと私たちが考えるこども食堂の話をするようにしています。人からちゃんとしているように見られたい、という気持ちは私にもあるし、すごく理解できるんです。でも、ひとり親に限らず、子育てをしている人って毎日すごく大変じゃないですか。だから子どもたちだけではなく育児に関わる全ての人たちにこども食堂に来て少し楽をして笑顔になって欲しいんです。そこで心に余裕が生まれたら周りにも優しくなれるかもしれない。そうやって優しさの循環を作るきっかけになりたいんです。まずは子ども達にお腹いっぱいになって幸せになってもらうのが第一ですが、それに限らずいろんな人が普通に利用して、明るくて楽しい場所として定着していって欲しい。間口が広がることで、少しでも多くの人の気持ちを補うことができればという思いでいます。  --仕事や家庭があっての活動ということで体力面でもかなりハードかと思いますが、原動力はなんですか? 木津:体力の話だけでいったら結構ハードです(笑)。でも、なんか毎回終わった後にすごく元気になっているんですよね。これは私だけではなくスタッフ全員が共通して感じていることみたいです。とにかく終始みんながよく笑っているんですよ。子どもたちからもらうエネルギーは本当にすごくて、どんどん元気になる!慌ただしい日々ですが、みんなそれぞれ意欲的に楽しんでやっています。 --「こども食堂レインボー」はInstagramでの発信も積極的に行なっていますが、反応はどうですか? 木津:発信はできるだけこまめにしようと頑張っていて、その手応えも感じています。私たちはオンラインショップでの支援チケット販売と銀行振込を通じて支援金を集めているんですけど、「SNSで様子を見ていると何をしているか明確に分かるから、支援したくなる」というような声をもらうことが結構あります。なので、引き続き発信することも頑張っていきたいです。ただ、ファッション業界は福祉に対してまだまだ消極的なところが多いなとも感じます。だからこそ両方の立場が分かる自分ができること、ファッションと福祉という一見異なるものを組み合わせることで生み出される新しい可能性についてこれからも考えていきたいです。 --今後の目標はありますか? 木津:近い目標としてあるのは、定期賃貸できるスペースを確保することです。拠点を確保することで食べること以外のコミュニケーションの場が作れるかもしれないし、もっといろんな可能性が広がると思うんです。食事と教育が一緒にできる寺子屋のような場所にすることが理想です。あとは永く続けていきたい。でもこれらを実現するためには、何よりも安定した資金の調達が一番の課題です。急にすごく現実的な話になってしまうんですけど(笑)、これが本当に大真面目な話で! 来てくれる人、手伝ってくれる人、支援する人、みんながもっとフェアになるためにはやっぱり避けては通れない問題だと思います。以前仕事で関わるモデルさんや女優さん、ブランドさんに売上の一部を寄付して頂いたことがあるのですが、もっとこういったタッグをいろんな企業に呼びかけてやっていきたいです。 地域密着型で、こども食堂を中心に地域のコミュニティーみたいなものを作ることができたら、子供を守りながら雇用も生み出せるんじゃないかって思うんです。そんな理想的な循環を可能にするビジネスモデルを作ることができれたら、全国展開だって夢じゃないですよね。そんな未来に備えて組織も法人化しています。夢は大きく!でもまずは今できる目の前のことに向き合って、地元の洋光台で頑張りたいです。  ■ 木津明子 / スタイリスト...

# COMMUNITY# SOFTNESS# 自分らしく生きる

この地球で持続可能な暮らしをしたい ーパーマカルチャーが僕らに教えてくれたことー 木多伸明さん

岡山県で持続可能な暮らしを営んでいるノブ(木多伸明)さん、ケイさん、3歳のテラくん一家。電気は太陽光発電、ガスは引かずに自家製の炭と薪で調理、雨水をろ過して飲み水を作り、お風呂は薪で沸かし、自宅の敷地にある畑では家族が食べるに十分な野菜を育てています。彼らが実践するパーマカルチャーとは、パーマネント(永続性)、アグリカルチャー(農業)、カルチャー(文化)を組み合わせた、人と自然が共存する持続可能な社会をつくるためのデザイン手法のこと。2023年4月に公開されたばかりの映画「TERRA 〜ぼくらと地球のくらし方〜 」は、ノブさん一家が国内外のパーマカルチャー実践者を訪ねた軌跡を自ら記録したものです。パーマカルチャーの基本倫理は、アースケア(地球に配慮する)、ピープルケア(人に配慮する)、そしてフェアシェア(みんなで分かち合う)。その暮らしの先には、循環する豊かな世界が見えてきました。 ー消費者から生産者へ。人生が変わるほどに魅了されたパーマカルチャーの世界 以下語り手 Nobu:ニュージーランドの北端から南端まで3000km続くトレイル “Te Araroa(テ・アラロア)” をハネムーンとして5ヶ月かけてケイと2人で歩いたのは2017年のこと。その後、ケイはニュージーランドに残り、僕は昔から憧れていたアメリカのトレイル “PCT(パシフィック・クレスト・トレイル)” へ。そして4200kmの道のりを1人で歩いていた時、ケイから「共生革命家のソーヤー海くんの “人生が変わるパーマカルチャーツアー”が近くで開催されるから歩き終わったら参加してみたら?」と連絡がきた。そもそもは彼女が行きたがっていたのだけど叶わないので、代わりに僕へ勧めたのだ。ツアーは、西海岸のパーマカルチャーの聖地と呼ばれる場所を2週間ほどかけて巡るもの。その時は正直あまり興味はなかったけれど、せっかくアメリカにいるのだから、と軽い気持ちで参加することにした。 まず訪れたのは、40年以上パーマカルチャーを実践しているワシントン州のブロックス・パーマカルチャー・ホームステッドだ。ちょうど実りの時期ということもあって、食べ物がそこら中になっていて、ナッツや薬草は生い茂り、果樹からは取りきれない実がボトボトと落ちていた。溢れんばかりの収穫物は乾燥させたり、瓶詰めにしたり、ジャムにしたりと、何でも保存食にするらしいが、それでも食べきれないという。だけど、例え欲しいという人がいても余っているフルーツは売らないと聞いて驚いた。収穫された果物を買う人はただの“消費者”にしかなりえないからだ。彼らはナーサリー(育苗園)を営んでいて、そこでは世界中の様々な種類の苗を購入することができる。苗を買い育てれば、“生産者”になることができるというのが彼らの考え。その視点に感銘を受けたし、目の前に広がる楽園のような世界を見て、「僕もこれをやりたい」と強く思った。  (動画)ブロックス・パーマカルチャー・ホームステッドで撮影されたツアー動画 ートライアンドエラーを繰り返して学んでいく開拓の日々 それまでの僕は東京に住んで、映像カメラマンとして仕事をしていた。2018年に日本へ帰ってくると、パーマカルチャーを実践するために僕らは東京を離れることにした。ケイも旅の中で循環する暮らしを営む人たちと過ごすことで、場を育みたいという気持ちが強くなっていたようだ。移住先はいくつか検討したけれど、岡山で僕の祖父母が住んでいた家が空き家になっていて、手っ取り早く始められそうだったのでここに決めた。家の前には畑があって、周囲は少し小高い丘になり雑木林に囲まれている。長年放置されたままだった土地は藪化し、竹林は暴走していた。そこからはひたすら開拓の日々。僕は子どもの頃からモノを作ることが好きだ。今も基本的に何でも自分で作るが、大体は一度失敗する。僕にはこういう暮らしの経験がないから、全てトライアンドエラーで学びながらやっていくしかない。  (写真)↑ 藪化していた頃の様子。↓現在の様子。 現代の暮らしでは自然と人間は完全に分離されていて、例えばトイレで流したものがどこへ行くのか疑問に持つ人は少ない。そういう感覚的なものが失われた暮らしに、それってどうなっているの?とか、それっておかしくない?とか、考えるきっかけを与えてくれるのがパーマカルチャーなのだと思う。汚水をきれいにしてくれるプロダクトを購入するのではなくて、その仕組みをどうやって作ろうかと考える。そして理論を実践していく。その小さな実践の積み重ねが、自然界と人間のつながりを取り戻してくれるのだ。 (写真)温室とお風呂を兼ね備えるジオデシックドーム (写真)伐採された竹で囲われたコンポストトイレ そもそも、パーマカルチャーを取り入れることは決して難しいことではない。コンポストでも、ベランダ菜園でも、できることから始めればいい。もちろん苦労はそれぞれにあるけれど、それ以上に得られるものは大きいし、実際に僕らの暮らしの豊かさはどんどん上がっている。果樹も少しずつ実りが出てきたし、僕たちの暮らしを見にくる人たちも増えてきて、僕が西海岸で受けた影響を今度は僕が人に与えられるようになってきた。僕は今、西海岸で見たあの憧れの暮らしがここ岡山でできつつあることを実感している。 (写真) 屋根の上に備えつけたタンクに、ポンプで井戸水を引き上げてシャワーが出る仕組み。 ーこの映画が、その土地のパーマカルチャーに興味のある人と実践者とをつなぐきっかけになったら 僕らのように田舎でパーマカルチャー的な豊かな暮らしを実現していたとしても、気候変動やエネルギーなどの大きい問題からは逃げることはできない、というのもこの暮らしを始めて気づいたことの一つだ。いくら目の前の風景を豊かにすることができても、僕らだけでは気候変動をどうにかすることはできない。僕が生きている間には大事にはならないかもしれないけれど、じゃあテラは?他の子どもたちはどうなる? 彼らの未来を守るために、今何かアクションを起こすべきなんじゃないかと考えていた。 そんな中、ソーヤ海くんがパーマカルチャーのことを僕に映像化してほしいと考えているという話を聞いた。僕は宅地と畑の開拓に追われてそれどころじゃなかったけれど、ちょうどテラが産まれた後でどうもケイは旅に出たそうだった。初めての子育て、さらに移住とコロナが重なり、外とのつながりが少なかったこともあって、ここでの生活に少し息苦しさを感じていたのかもしれない。それに、パーマカルチャーをより多くの人が実践してくれたら世の中を変えることができるかもしれないという思いもあった。  (写真)烏骨鶏を愛でる子どもたち ケイはDIYで作ったソーラークッカーでよくクッキーを焼いてくれるのだけど、天気がいいとテラは「今日はクッキー焼けるかなー」と言う。3歳ながら、太陽があればクッキーが焼けるんだということを彼はナチュラルに知っているのだ。もし世界中の子どもが同じように言い出したら、将来エネルギー問題は解決できるんじゃないだろうか。 この暮らしを映画にして、この世界をもっと多くの人に知ってもらいたい。ここの開拓作業を止めてしまうことはとても苦しい決断ではあったけど、やっぱりドキュメンタリー映画を撮ろうと決心した。そして家族3人でアメリカと日本各地のパーマカルチャーの実践者を巡る旅が始まった。 (写真)ソーラークッカーでクッキーが焼く様子。そしてそれをじっと待つテラくん。  (写真)電気は太陽光発電のみのオフグリッド。各小屋にソーラーパネルとパッテリーを設置して電気を賄っている。 僕らが知っている人たちを取材するうちに輪が広がっていき、終わってみれば訪ねた場所は40ヶ所以上にも及ぶ。心配だった編集に関しては、支援してくれる人たちと少しずつ進めて完成することができた。この映画は、各地のパーマカルチャーデザイナーや実践者をハブとして自主上映会を開いてほしいと考えている。映画がきっかけとなって、これまでなんとなくパーマカルチャーやこういう暮らしに興味がある人がその土地の実践者とつながることが何より大事だと思うから。話を聞いて現場を見てみたり、実際に始めたいというときにはデザイナーが助けになってくれるだろう。パーマカルチャーでつくるそれぞれの小さな世界は豊かにしかなっていかない。だから、みんな始めようよ。始めなきゃここにはたどり着けないから。  (動画)映画「TERRA...

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エネルギー溢れるシャスタの地で得た芯ある心地よい生き方 / 岡本あづささん

古くからネイティブアメリカンの聖地として大切にされてきた、北カリフォルニアにあるマウントシャスタ。その麓に暮らす大切なパートナーであるジュディとリチャードとの運命的な出会いをきっかけに、Mount Shasta Apothecaryをはじめることになった岡本あづささん。シャスタでの出会い、体験、そしてパートナーとの関係性には、健やかな生き方をするためのヒントがたくさんあり、ホリスティックな健康を手に入れる大きな学びが存在しました。 ―シャスタと不思議な人々との出会い 2012年当時、主人の仕事の都合でサンノゼに住んでおり、知人から北に自然豊かなマウントシャスタという場所がある事を教えてもらいました。アウトドア好きの私たち家族は、折角サンノゼにいるのだからシャスタへキャンプをしに行こう!となったのがシャスタの地と出会うきっかけでした。それにあたりシャスタのキャンプ場を検索していたのですが、英語が得意ではない私はサイトに載っている写真を見て場所を選んでいました。その中で、ネイティブアメリカンの住居『ティピ』が集っている写真を掲載しているサイトを見つけ、「面白そう!このキャンプ場ではティピにも泊まれるんだ。」と思い、宿泊したい旨をメールしました。そのキャンプ場は住所がないような荒野のかなり奥地にあり、途中でキャンプ場関係者だろうと思われる、おじさんとおばさんに迎えに来てもらい、ようやく辿り着けるような場所でした。しかし、いざキャンプ場についたら他に誰もお客さんがいなくて……。あれ?今日は貸切なのかな?なんて思っていたら、実はそこはキャンプ場ではなくただの民家だったんです! 迎えに来てくれたおじさんとおばさんは、そこの住人のリチャードとジュディでした。彼らは元々ネイティブアメリカンと交流があり、プライベートエリアでネイティブアメリカンの儀式などをしていたので、そのためにティピがあったのです。私はここが民家だと気づくまで、何かおかしいぞ?という感覚だったのですが、リチャードとジュディは初めから何とも思っていない様子で夕食も振る舞ってくれ、「来るのは分かっていたよ。」と不思議な事を言っていました。 ―シャスタのエネルギーをもつプロダクトを守りたい ジュディはハーブや野菜を育てており、それらでエッシェンシャルオイルやハーブティーなどのプロダクトを作っていました。彼女は滞在中に「これはあなたに必要な野菜よ。」「これはあなたのために育てたハーブよ。」と、初めて会う私におかしな事を言って料理を勧めてくるんです。実際に彼女が作ったハーブティーや野菜を食べてみると、ものすごい衝撃を受けました。今まで口にしたものとは別次元のパンチ力があり、パワフルなエネルギーを身体が吸収するのを感じました。驚いて「これはどうゆう風に作っているの!?」と聞きくと、ジュディは自身の事とプロダクトの事を教えてくれました。彼女はマスターハーバリスト資格、大学院で西洋医学の国家資格を取得していました。しかし彼女の知識のベースは、ネイティブアメリカンのメディスンマンにフィールド上で叩き込まれた薬草学でした。彼女は現代の医学知識と、伝統的な薬草学の2つを合わせてエネルギーあるプロダクトを作っていたのです。  彼女は自身のプロダクトをもっと多くの人の役に立てたいとは思っていました。しかし、住所もなく生活システムも自分達で作る環境に住んでいる彼女は、今の時代にフィットするインターネットなどの知識は持ち合わせておらず、プロダクトを広める手立てが分からずにいました。また、ネイティブアメリカンの薬草学は、伝統的に書物や書類のような形で残すものではなく口承で後世に伝えていくものらしく、彼女が作り上げたプロダクトを残すには、誰かが口伝えしなくてはならない事も話してくれました。「今はインターネットでものを買う時代。だけど自分はそのやり方を習得して販売する程の余力もモチベーションもない。」と言い、彼女はこのままでは自分のプロダクトは自然と消えてしまう、という事実を前に製作への情熱を失いつつある様子でした。 実際に彼女のプロダクトの力を体感しその話を聞いた私は、『この素晴らしいものがなくなってしまうのはまずい!』と思いました。私はハーブの知識はないけど、彼女がネックに思っているネット関連の部分は協力できる事があるかもしれないと思い、「もし手伝えることがあれば手伝いますよ。」と話をしました。この時は彼女を元気づけようと軽い気持ちで言ったのですが、実際にはこの瞬間がこのプロダクトに関わることになったスタートでしたね。今思うと初めて会った時に「来るのは分かっていたよ。」と言われたのも、ジュディのプロダクトが消えてしまわないように引き寄せられたのかもしれない。出会うべくして出会ったのかなと思いますね。 ー植物はポジティブな存在 ブランドを手にかけるならまずは自分を整えること 私はあくまで「ネットでの広め方を手伝うよ」というくらいの気持ちでしたが、彼らは『協力者』ではなく一緒にブランドを立ち上げてほしいという意向でした。そしてパートナーとなるとジュディは「植物はとてもポジティブな存在。ネガティブなものを持つあなたが植物に触れると、植物の最大限のパワーを引き出せない。まずは自分を整えなさい。」と言ってきたのです。また、パートナーとしてプロダクトを理解しようとしたのですが、彼女はハーブの種類や効能などは一切教えてはくれません。「ハーブの知識は後からでもついてくる。まずは人とハーブとの関係性や、ハーブはこの星にとってどんな存在なのかを考えなさい。」という壮大な課題が入り口でした。 教えに従ってハーブ関連の本などは一切読まず、早朝から夕方までハーブの世話と観察をし、自分だけの教科書を作りました。○時ごろにミツバチが来て、その後に朝日が昇り、○時ごろにこの種類の鳥が鳴き始める……といったような観察結果をジュディに毎日報告しました。それを見て彼女が「植物は朝日を浴びる瞬間に光合成を始める、ミツバチはエネルギーが一番高まる時に来ているの。」などと教えてくれました。私はただハーブを観ていたのではなく生態系そのものを学んでおり、彼女のプロダクトの世界観の大きさを知りました。 その後日本に帰国し、ジュディのプロダクトを輸入できるよう手はずを整えました。商品が手元に揃った時、『オーガニックライフTOKYO 2016』というイベントで初めてブランドとしてお披露目させてもらいました。 ―今も続く第二の故郷シャスタとの関係  毎年1回は行っています。コロナ期間は行けなかったので、今年3年ぶりに行くことができました。ジュディ達は私の息子も孫のように接してくれて、本当の家族のようです。私達の第二の故郷ですね。会えない期間や日本にいる時も、頻繁にメールやラインで連絡を取っています。『山に雪が積もったよ。』『月が綺麗だよ。』みたいなたわいも無い会話をしています。血の繋がりがない間柄でこんなに見守ってもらえて、また愛ある厳しさを与えてもらっている事に対してありがたく思いますし、それに応えられる自分でいたいと思います。 ―シャスタで過ごし学んできた自分軸で生きる大切さ ずっと体感させられているのは、『頭を使うな。体と心を使え。』という事です。体で感じて、心で話せという事を今でも伝え続けてもらっています。 また、ビシバシ擦り込まれたのは『他人の反応に反応するな。』という事ですね。人の反応に対して勝手に落ち込んだり、悩んだりするなという事です。私自身の体験を実例としてお伝えすると、毎日リチャードに挨拶していたのですが、目も合っているし、絶対聞こえているはずなんですけど、「モーニン!」と挨拶しても無視されるんです。1回そういった事があると、次から萎縮してしまったり、避けてしまったりして……。でも私の考え方なんてあちらには全てお見通しで、数日後に「君は相手が無視をしたという反応にショックを受けているけど、挨拶は相手が返してくれるからするものなのか?相手の反応に関係なく、君が気持ちよく1日を始められたらそれでいいんじゃないか?」と問われ、自分がいかに相手軸で動いていたかということに気づかされましたね。シャスタでは自分軸を作るレッスンのような教えを日常的にたくさん受け、生きる上での大きな学びにつながっています。 ―日本の女性が自分をリスペクトできるようにサポートしたい  ブランドを通して、体調面・人間関係を含めてホリスティックな健康のサポートをしていきたいです。日本の女性が誰の目も気にせず、誰かの期待に応えるためにではなく、自分のために自立した真の健康の輝きに気づくきっかけを与えられればと思います。ジュディに「先進国なのに日本の女性は傷ついている人が多い。」と言われてドキッとしたんです。それはパートナーシップだったり、まだ社会に男尊女卑な部分があったりと、日本独特の伝統的な『世間体』が自分達を潜在的に傷つけていると思うと、涙が出そうになりましたね。また女性は人生の過程で変化も多く、ホルモンバランスなど健康面でも気にかける事が多いです。それらのバランスを健康面・精神面共に健やかに保ち、自信を持って自分をリスペクトできるような女性を増やしていければと思います。シャスタでの体験は、『人生の盲点』をたくさん気付かせてくれました。ハーブやプロダクトの事はもちろん、私が体験し学んだ事も周りにシェアして誰かの役に立ちたいです。まだ私も日々もがいている最中なので、よりよく健やかな人生を歩めるようなヒントの一つとして捉えていただけると、体験した身としては嬉しいですね。 ■ 岡本あづさ/ Mount Shasta Apothecary主宰 古くからネイティブアメリカンの聖地として大切にされてきた北カリフォルニアにあるシャスタ山。その麓で静かに暮らすマスターハーバリストのジュディとの運命的な出会いから、彼女が作るヘルスケアプロダクトを日本に届ける役割を担う。マウンテンセージやジュニパーに覆われた豊かな土地でジュディが作るオーガニックハーブプロダクトは、シャスタの自然が与えてくれるエネルギーをたっぷりと取り入れている。 instagram: @mountshastaapothecary HP: Mount...

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「気持ちいい」にとことん偏っていきたい / 山藤陽子さん

  SISIFILLE(シシフィーユ)立ち上げ時にアドバイザーとしてチームに参加してくださった、ライフスタイルコーディネーターで「YORK. 」代表の山藤陽子さんと、「山藤さんの独創的な視点にいつも魅了されていた」という当時企画を担当していたcumi(現ブランドコミュニケーター)。ローンチから7年が経ち、久しぶりに顔をあわせたふたりが当時の、そして今の想いを語り合いました。 ―そういえばオーガニックのナプキンって日本にないな、                       ほしいなと思っていた(山藤) cumi:シシフィーユが誕生した2015年は、ちょうど南青山のサロン「HEIGHTS(ハイツ)」の立ち上げとも重なっていたんですよね。 山藤:そうでしたね。ハイツを始める前、オーガニックセレクトショップのディレクションを任せていただいていて、海外にバイイングに行く中でそういえばオーガニックのナプキンって日本にないな、ほしいなって思っていたんです。 cumi:最近でこそ日本でも浸透し始めましたけれど、当時国内生産の製品としてはなくて。 山藤:そうそう。なので、輸入できないかなって考えていたところに、オーガニックコットンを使ったナプキンをこれからつくるんだっていうお話を聞いたんです。それでアドバイザーとしてのポジションでお声がけいただいたのが始まりでした。 cumi:私はキャリアの大半をアパレル業界で過ごしてきて、洋服以外のカテゴリー、しかも生理用ナプキンでブランドを立ち上げることになるなんて思ってもいなかったんです。生理事情は人それぞれだし、チームに女性が私ひとりだったこともあって、山藤さんとあれこれ意見を交わして、共感し合いながら進めていける環境があったことはとても心強くて。あのときの話し合いが、シシフィーユを進むべき方向に導いてくれたなと思っています。 山藤:「私たちは女の子だから、生理のときぐらいは自分をいたわる気持ちを持ちたいね」という想いがブランドの軸となって、ブランド名、ロゴ、色も全部一緒に決めて。デザインも、下着みたいにお店で飾っていても遜色ないものにしたいねっていうことで、ああいう形に行き着いついた。試行錯誤を重ねて、世の中に出せたことは本当に良かったよね。シシフィーユのナプキンは私にとって、今の仕事につながる第一作目といえる存在なんです。 ―「感覚の偏り」をどう表現するのか、ということをずっと考えているんです(山藤) ― 山藤さんは、飛び抜けて偏っているからこそ伝わりやすい(cumi) cumi:私、山藤さんに教えていただいたことで、すごく印象に残っていることがあって。化粧水をつける前の「拭き取り習慣」のことなんですが、化粧水を染み込ませたコットンで顔やデコルテ、最後は耳の裏や手のひらまでも拭き取るとおっしゃっていて。いざやってみたらとても気持ちが良くて、1日の始まりや終わりの心の切り替えに最適だし、何より自分をいたわっているっていうことが実感できてすごく感動したんです。 山藤:何も特別なことをしているわけじゃなくて、あたりまえのことなんですけれどね。肌は古い角質がたまらないように、拭いてやわらかくしておくとどんどん栄養も入ってくるけど、かたいと入っていかないの。「心も体もやわらかく」とよく言っているんだけれど、肌と一緒で心と体もやわらかくないと新しい情報が入ってこないし、人の話も聞くことができないんです。  cumi:その「拭き取り習慣」の話を聞いて、まさに山藤さんが発信されていることってそこに集約されているような気がしました。かゆいところに手が届くというか、本当にささいなところの感性を刺激してくれるような。 山藤:結局自分を気持ちよくさせてあげられないと人にもやさしくできないし、仕事のパフォーマンスもあがらないと思っていて。私は、「気持ちいいことフェチのライフスタイルコーディネーター」という肩書きを持って、とにかく気持ちいいことに偏るっていうことだけに集中してきた。あたりまえな、すごくベーシックなものを人と違った視点で紹介したい、人をハッとさせたい、というのが私自身の人生のテーマのひとつでもあるんですよ。だからその「感覚の偏り」をどう表現するのか、ということをずっと考えているんです。 cumi:山藤さんは、飛び抜けて偏っているからこそ伝わりやすいんだと思います。話していると、実はとても大切であったこと、必要であったこと、忙しい日々の中でこぼれ落ちてしまっていたことに気づかせてもらえるような感覚があるんですよね。 ―パンデミックを経験して、ものを“買わない”のではなく、“選べる”ようになってきた(山藤)ーみんなそれぞれ自分の中にある感覚の部分を信じるようになってきているのかな(cumi) cumi:気持ちいいいことフェチ、偏愛とかって、7年前にも山藤さんが語られていたなと強く印象に残っています。今となってはそういう言葉を見聞きするようになりましたが、当時はそうではなかったですよね。そう考えると、やっと時代が追いついてきたんだなと感じます。  山藤:そうなんですよね。今でこそコマーシャルのキャッチコピーとかで「気持ちいい」みたいな言葉が出てくる時代ですけれど、当時は気持ちいいっていう感覚でものを選ぶっていうことがなかったんですね。今は「ものを買わない時代」なんて言われたりするけれど、自分にとって価値があって必要なものはみなさん買われている。だから“買わない”のではなく、“選べる”ようになってきたのだろうと思っています。パンデミックを経験したことで、みなさん時間の余裕ができて、自分に向き合う時間が増えたから、もの選びに対する感覚も変わってきたんじゃないかな。 cumi:日本は、みんなと同じものをほしがる傾向がありますよね。だけど、「こう思っているのは自分だけなのかも?」 っていう、みんなそれぞれ自分の中にある感覚の部分を少しずつ信じるようになってきているのかなって思います。 山藤:そうだね。そこはシシフィーユの「自分を大事にする」っていうブランドコンセプトとも通じると思っていて。もちろんトレンドみたいなものはあるけど、ただ上質だから買うとかそういうもの選びではなくて、自分への投資の仕方っていうのが成熟してきたのかな。そういう意味ではパンデミックがもたらした良い側面と言えるのかもしれないね。 ―「偏るけれど、こだわらない」。こだわらないけれど、気持ちいいっていう感覚にはとことん偏っていっていきたい(山藤) cumi:今日話を聞いていて、やっぱり山藤さんはブレないなと思いました。7年前からずっと変わらずに自分の感性を信じているじゃないですか。どこの枠にもあてはまらない、そのするどい感性の源はどこにあるんですか?  山藤:子どもの頃からわりと真面目で人に迷惑をかけないように普通に育ってきたんですけれど(笑)。でも普通の会社員だった私がフリーランスになって、その当時は決められた肩書きもなかったから、それだったら一層「◯◯の人ね」って言われないようにしようっていう気持ちはありました。そもそも枠にはめられる要素もなかったから、それだったら何にもカテゴライズされずに、ただただ自分の感性を信じて、気持ちいいことに偏っていこうと決めて。 cumi:いい子でいた反動みたいなものはあったんですか? 山藤:それは全然ないんです。型にはまっていたときがあるからこそ、逆にその良さが分かっているので。反骨精神があるっていうわけじゃないんだよね。あたりまえの肩書きであたりまえのことをするのはつまらないなって、ちょっとへそまがりなんです(笑)。 cumi:枠にとらわれないっていう、ものの選び方にもその考えが反映されていますよね。 山藤:いつも言っているのは「偏るけれど、こだわらない」。日本製じゃないと、とか、オーガニックじゃないとってこだわった時点で枠にはまっちゃいますよね。そういうカテゴライズされた情報をとっぱらって気持ちいいなって感じるものは、結果地球にも気持ちいいものだったりするんですよ。だからこだわることはしないけれど、気持ちいいっていう感覚にはとことん偏っていって、自分をとりまく日常は、できる限り自分にとって気持ちいいものにしたいと思っているんです。...

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「気持ち良い」「安心する」「心が軽くなる」 SISIFILLEを立ち上げてからこれまで、多くのお客様から頂いてきたコメントです。コットンは自然由来の素材なので肌なじみが良いというのはありますが、このテクスチャーによって私たちが安心感を得られたり、緊張感から解放されるような気持ちになったりするのはどうしてなのか。 肌に触れることが持つ癒しの効果は昔から知られていましたが、そのメカニズムの多くはここ最近の研究で明らかになってきました。根本にある大きな要因の一つは、皮膚感覚が脳の働きにも大きな影響を与えているからだということです。チクチクする服を着た日はそれが気になって仕方がなく一日中イライラする、逆に肌ざわりが決め手で選んだような上質な服を着た日にはとても気分が良く周りの人にも優しくなれるような気がする。そんな経験をしたことはないでしょうか。脳だけでなく、肌の感覚でものごとの捉え方が変わってきたりもする。肌ざわりが感情をも左右することがあるのです。 肌ざわりが良いものを身につけることで心が穏やかになり、自分自身に優しくなれる。そして周りに温かい気持ちで接することができたり、互いを思いやったりすることができるようになり、ポジティブな相乗効果が生まれる。つまりは、シシフィーユのプロダクトがやわらかな世界へと繋がる鍵の一つになるのではないかと私たちは考えています。    ー 皮膚と脳は繋がっている(皮脳同根) 皮膚と脳神経は同じルーツを持っています。私たちの身体は受精卵が何度も細胞分裂を繰り返して形づくられ、胚葉という過程で3つの部位(内胚葉・中胚葉・外胚葉)に分かれます。皮膚と神経は同じ外胚葉から形成されていることから、とても密接で互いに作用しあう関係性にあることがわかっています。皮膚には脳にもある同じ物質が見つかっており、また脳内で処理される皮膚感覚がとても大きな割合を占めていることから、皮膚で感じるものが脳に及ぼす影響はとても大きいとされています。   ー 肌ざわりの良いものに触れることでわたしたちは前向きになれる ハグや抱っこ、手で背中をさするなど、スキンシップが持つ癒しの効果が高いことはよく知られていますが、やわらかいものに肌が触れることでもその効果を得られることがわかっています。 小さな子どもがブランケットやぬいぐるみを持つと安心して眠れるという話はよく耳にしますが、その時のブランケットやぬいぐるみのことを移行対象と呼び、子どもはこの移行対象に触れることで母親の感覚を思い出して、安心できるのだそうです。また、やわらかいものに触れたり肌ざわりの良いものを身につけたりすると、幸せホルモンの一つであるオキシトシンが分泌されることが様々な研究で明らかになっています。オキシトシンが生成されることで副交感神経がプラスにはたらくようになり、心身ともにリラックスし、ストレスが緩和されます。オキシトシンは授乳時に分泌され、子宮収縮を促す働きがあるなど、女性の体内特有のホルモンとして知られてきましたが、実際は性別や出産の経験に関係なく脳内で分泌されることが最近になってわかってきました。オキシトシンは神経伝達物質のセロトニンやドーパミンの分泌も促すため、不安や恐怖心が抑えられて心の安定に繋がり、コミュニケーションに好影響を与えるとも言われています。   ー 肌ざわりの良さを最大限に感じてもらうため 私たちは可能な限りオーガニックコットン、または自然由来の素材を使うということを念頭にものづくりをしています。コットンは天然素材なので肌なじみが良く、通気性が良いのと同時に吸湿性にも優れています。さらに静電気(摩擦)が起こりにくいため、肌へ負荷を与えず優しく包み込みます。 「経皮吸収」という言葉があるように、体内への入り口は口だけでなく肌にもあります。肌に直接触れる素材であるからこそ、化学的な処理が施されていないオーガニックコットンが最もふさわしいと考え、できるかぎりオーガニックコットンを使用しています。 同じコットン製の生地であっても、さらっとした肌離れの良い生地、シルクのように艶があり滑らかなタッチのものなど、品種や生地の編み方・織り方によってテクスチャーは様々。アイテムごとに生地を選びますが、適したものがない場合には一から生地を開発しています。 そのアイテムを長時間身につけた時に快適に過ごせることを基準に素材を厳選しています。見た目の美しさ考えることはもちろんですが、それ以上に着けていて気持ちが良いかということ、身体がやわらかい状態でいられるかを最も大切にしています。 TEXTILEについてさらに詳しい情報はこちらからご覧ください。

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